マスネのオペラ「ウェルテル」と、原作ゲーテの「若きウェルテルの悩み」とは、キスのタイミングが違います。「オシアンの歌」の対訳の後に解説します。
ウェルテル 第3幕
クリスマスイブの夕方、シャルロットを訪ねてウェルテルがやってきます。愛する気持ちと死に向かう自分自身を歌うのが、「オシアンの歌」です。
「オシアンの歌」Pourquoi me réveiller 歌詞と対訳
Pourquoi me réveiller, ô souffle du printemps,
pourquoi me réveiller?
Sur mon front je sens tes caresses,
Et pourtant bien proche est le temps
Des orages et des tristesses!
なぜ私を目覚めさせるのか、春風よ。
なぜ、私を起こすのか?
私の額を、お前がやさしくなでるのを感じる。
それでも近づいてくるのだ
雷雨と悲しみが!
Pourquoi me réveiller, ô souffle du printemps?
Demain dans le vallon viendra le voyageur
Se souvenant de ma gloire première…
Et ses yeux vainement chercheront ma splendeur,
Ils ne trouveront plus que deuil et que misère!
Hélas!
Pourquoi me réveiller ô souffle du printemps!
なぜ私を目覚めさせるのか、春風よ。
明日、谷に旅人がやって来る。
私のかつての栄光を思い出して
旅人の目は、私の輝きを無駄に求めるだろう
でも、見出すのは哀愁と悲惨さだけだろう。
ああ!
なぜ私を目覚めさせるのか、春風よ。
「若きウェルテルの悩み」原作とは、キスのタイミングが違う
「オシアン」は、古代スコットランド(ゲール語)の伝説的な盲目の詩人であり、「オシアン詩集」がウェルテルに登場します。
「オシアン詩集」とは
18世紀にスコットランドの詩人マクファーソンが、各地で分散していた写本を発見して、英語に翻訳。まとめて、「オシアン詩集」として発表されました。18世紀当時、ヨーロッパで大ブームになり、ナポレオン、ゲーテが愛読したと言われています。特にゲーテは、学生時代に惚れ込んで、自分でドイツ語に翻訳しています。ただし、後に、マクファーソンの創作だったとわかっています。
「若きウェルテルの悩み」原作の中の「なぜ私を目責めさせるのか、春風よ」
原作とオペラでは、下のように、キスのタイミングが違います。
原作
オシアン詩集のセルマの歌 → キス → ベラソン(春風よ)
オペラ
オシアン詩集のベラソン(春風よ) → キス
「若きウェルテルの悩み」の中では、クリスマスに訪れてきたウェルテルに対して、間を持たすためにシャルロットが詩を朗読するように頼みます。そこでウェルテルは自身が翻訳した「オシアン詩集」をシャルロットに朗読して聞かせます。ウェルテルは、「オシアン詩集」の中の「セルマの歌」を読み、ふたりはキス。
「セルマの歌」は、ふたりが共感できる内容(恋人と女性の家族が不運な定めで殺し合う、女性の悲劇)でしたので、ふたりは感動して、キスをするのです。
キスをした後に、原作のウェルテルは「べラソン」の冒頭を読みます。「若きウェルテルの悩み」にでてくる、ベラソン冒頭部分を簡単にまとめます。(オペラの「オシアンの歌」と同じ内容の部分)
なぜ私を目覚めさせるのか、春風よ。お前(春風)は雨を持ってきたと媚びるが、私はもう枯れかけている。私の葉を散らす嵐が近づいている。明日旅人がやってくるだろう。旅人は過去の美しかった私を探すだろうが、野原に私を見つけることは出来ない。
オシアンが「自分自身を植物に擬人化」し、自身が「枯れる存在」であることを「嘆いている」というのイメージですね。春風よの詩は、ウェルテルが自分を、オシアン、枯れる草に例えたのであり「死」を確信しているから、この詩を選び読んでいます。