楽劇「ラインの黄金」は、ワーグナーの「ニーベルングの指環」四部作の「序夜」にあたる作品です。「ニーベルングの指輪」は「序夜・第一夜・第二夜・第三夜」とあり、全曲を演奏すると四夜に渡ります。「ラインの黄金」の見どころは、「神々のヴァルハラへの入場」雷の神ドンナーが雲を集め雷を起こし、豊穣の神フローが虹の橋を架け、神々が虹の橋を通り城に入場する場面です。
ラインの黄金、オペラ:人物相関図
ラインの黄金、オペラ:登場人物
神 | ||
---|---|---|
ヴォータン | 神々の長、戦いの神 | バリトン |
ローゲ | 火の半神(半分人間) | テノール |
フリッカ | 結婚の女神、ヴォータンの妻 | メゾソプラノ |
フライア | 美の女神、フリッカの妹、フローと双子 | ソプラノ |
フロー | 豊穣の神、フライアの双子の兄 | テノール |
ドンナー | 雷の神 | バリトン |
エルダ | 知恵の女神 | アルト |
ニーベルング族(小人) | ||
---|---|---|
アルベリヒ | ラインの黄金を盗む | バリトン |
ミーメ | アルベリヒの弟 | テノール |
巨人族 | ||
---|---|---|
ファーゾルト | 兄、女が欲しい | バス |
ファーフナー | 弟、狡猾 | バス |
ラインの乙女 | ||
---|---|---|
ヴォークリンデ | ライン川の妖精 | ソプラノ |
ヴェルグンデ | メゾソプラノ | |
フロースヒルデ | アルト |
- 原題:Das Rheingold
- 言語:ドイツ語
- 作曲:リヒャルト・ワーグナー
- 台本:リヒャルト・ワーグナー
- 原作:北欧神話「ヴォルスンガ・サガ」、古代北欧歌謡集「エッダ」、ドイツ叙事詩「ニーベルンゲンの歌」他
- 初演:1869年9月22日 バイエルン宮廷歌劇場
- 上演時間:2時間35分(全1幕)
ラインの黄金、オペラ:簡単なあらすじ
ライン川の底では、水の精であるラインの乙女たちがライン川の黄金を守っている。水の精たちに会いに来た小人のアルベリヒは、相手にされない。ラインの乙女たちは、ラインの黄金は愛を捨てた者が指輪に変えることができ、その指輪で世界を支配することができると告げる。アルベリヒはラインの黄金を盗み出す。アルベリヒは誰からも愛されないという代償を払い、ラインの黄金を指輪に変えた。
ヴォータンは巨人の兄弟に神々の城を建てるよう頼みました。彼は女神フライアが報酬として与えることを彼らに約束した。彼らは完成し、報酬を受け取りに来た。しかし、神々はフライアを巨人に渡すことができない。フライアは、神々を若返らせる黄金のリンゴを育てる女神なのだ。
ヴォータンは火の神ローゲに助言を求める。ヴォータンとローゲはアルベリヒがいるところへ向かう。そして、アルベリヒを罠にかける。ヴォータンはラインの黄金でできた指輪とアルベリヒの財宝を手に入れる。アルベリヒは指輪に呪いをかける。
アルベリヒから盗んだ財宝と指輪で、神々は女神フライアを取り戻し、城を手に入れる。指輪の呪いは争いを引き起こす。それはファーフナーの所有物となった。
神々は虹の橋を渡り、完成した城に華々しく入場するが、ラインの黄金を失ったラインの乙女たちの嘆きが響く。
ラインの黄金、オペラ:全1幕のあらすじ
序奏 「ニーベルングの指環」全体の前奏曲
「ニーベルングの指環」全体の前奏曲にあたります。
第1場
ラインの河底
神話の時代。暗い水の底、平らな場所はなく、岩が占めている。ラインの乙女の一人が、優雅な泳ぎで旋回している。
ヴォークリンデ(ラインの乙女)
ヴァイア、ヴァーガ。波よ、ゆりかごのように揺れよ。
「ヴァイア、ヴァーガ」Weia! Waga! Woge, du Welle
ヴェルグンデの声(ラインの乙女)
(上から)一人で見張っているの?
ヴォークリンデ(ラインの乙女)
あなたがいれば、二人になるわ。
お互いに捕まえようと、追いかけっこを始める。
フロースヒルデの声(ラインの乙女)
(上から)おーい、おてんばな姉妹たち!
フロースヒルデも上から降りてきて、ラインの乙女三人がそろう。フロースヒルデは、遊ぶ二人の間に入っていさめる。
フロースヒルデ(ラインの乙女)
眠れる黄金の見張りをしましょう。黄金の寝床を守るのよ。さもないと、二人とも罰が当たるわよ。
ラインの乙女が遊ぶ中、さらに深く暗い川底から小人アルベリヒが現れて、乙女たちをこっそり見ている。
水の妖精さん。なんて可愛いんだ!ニーベルハイムの闇からやってきてよかった!こちらに来てくれないかな。
声を聞き、ラインの乙女は遊ぶのをやめる。
ヴォークリンデ(ラインの乙女)
おい!誰がいるの?
ラインの乙女3人が下に見に行く。
ヴォークリンデとヴェルグンデ(ラインの乙女)
(アルベリヒを見て)うわ、不気味なやつ。
フロースヒルデ(ラインの乙女)
黄金を守るのよ!父はこのような者を警告していたわ。
フロースヒルデが一番に急浮上し、二人が続く。ラインの乙女は中央の岩に集まる。
ラインの乙女たち
あなたはそこで何をしようっていうの?
見ているだけで、遊びの邪魔はしないよ。もしこっちに来てくれたら、君たちと一緒にふざけ合いたいんだ。
ラインの乙女たち
あいつを恐れるなんて笑ってしまうわ。からかってやりましょう。
ヴォークリンデが、アルベリヒのいる岩の頂に座る。
ヴォークリンデ(ラインの乙女)
こっちにいらっしゃい。
アルベリヒは岩の上に登ろうとするが、足が滑る。
なんてツルツルして滑りやすい岩。(くしゃみ)湿った水で鼻がいっぱいだ。
岩の上にたどり着く、アルベリヒ。
ヴォークリンデ(ラインの乙女)
(笑って)私の求婚者が、くしゃみで登場よ。
俺の恋人になってくれ。
アルベリヒはヴォークリンデを抱きしめようとするが、彼女はすぐに隣の岩に移動する。
君たちには簡単でも俺には無理なんだ。
ヴォークリンデ(ラインの乙女)
(下に降りて)それなら降りてきて。
下のほうがいいだろう。
アルベルヒが下に降りるが、すぐにヴォークリンデは上に行く。
ヴォークリンデ(ラインの乙女)
(上に)こっちに来て。
ヴェルグンデとフロースヒルデ(ラインの乙女)
アハハハ!
素早い魚を捕まえるにはどうすればいい?
ヴェルグンデ(ラインの乙女)
おーい、聞こえないの?私の方に来なさいよ。ヴォークリンデはやめなさい。
アルベリヒは振り返って、ヴェルグンデを追いかけ始める。
君の方が美しい。俺の恋人になってくれ。
ヴェルグンデ(ラインの乙女)
そんなに恋をしているなら、あなたを顔を見せてごらん。(近くで見て)毛深く醜い男。黒くて薄汚れて硫黄の匂いがする小人だ。あんたを気に入ってくれる人を探しな。
なんだと!俺を好きでなくても、手放さないぞ。
ヴェルグンデ(ラインの乙女)
捕まえられるものならね、ほら、逃げていくわよ。
ヴォークリンデとフロースヒルデ(ラインの乙女)
アハハハ!
冷たい骨ばった魚め。お前には俺が美しく見えないのか?
フロースヒルデ(ラインの乙女)
愚かなお姉さんたち。私はあなたが美しく見えるわ。
お前に会ってから、彼女たちが醜く見えてきた。
フロースヒルデ(ラインの乙女)
私を誘惑した歌声を聴かせて。
優しく褒められると、ドキドキしてくるな。
フロースヒルデはアルベリヒを両腕で抱きしめる。
フロースヒルデ(ラインの乙女)
あなたのまなざし、髪の毛を抱きしめていたい。ヒキガエルのようなあなたの姿、あなたのしゃがれ声を見て聞いていられたら。
ヴォークリンデとヴェルグンデ(ラインの乙女)
アハハハ!
ああ、苦しい。狡猾で邪悪な女たち。
ラインの乙女たち
ヴァララ、恥を知りなさい。あなたがそれほど好きなら、捕まえればいいじゃない。私たちは誠実なのよ。私たちを捕まえた求婚者には、忠実なのよ。流れの中では、そんなに簡単に逃げられないのよ。
アルベリヒに追いかけさせようと挑発して、バラバラに泳ぐラインの乙女。
怒りで燃えている。一人は俺に屈することになるだろう。
死に物狂いで追いかけるアルベリヒとそれをかわすラインの乙女。川に一筋の光が差し込み、岩の小高い部分にあたり黄金に輝く。アルベリヒは黄金の輝きを呆然と見ている。
ヴォークリンデ(ラインの乙女)
ご覧なさい。姉妹たち。目覚ましの太陽が水底に微笑みかけるわ。
「見て、姉妹たちよ」Lugt, Schwestern!
ヴェルグンデ(ラインの乙女)
太陽は波をかき分けて、眠る黄金に挨拶している。
フロースヒルデ(ラインの乙女)
太陽は黄金の目にキスをして、目覚めさせようとする。
ラインの乙女たち
ハイアヤハイア!ラインの黄金!輝く喜びよ、なんて気高く微笑むのかしら。川は揺らぎ、潮が燃える。私たちは泳ぎ踊り歌い、あなたの寝床を巡りましょう。
「ラインの黄金!」Rheingold! Rheingold!
そこに光り輝くものは何だ?
ヴォークリンデ(ラインの乙女)
あなた、どこから来たのよ?ラインの黄金を知らないなんて。この輝きの中で至福の時を過ごしましょう。私たちと一緒に泳いでもいいのよ。
黄金は泳ぐのに使うだけか。俺には関係ないな。
ヴォークリンデ(ラインの乙女)
奇跡を知れば、黄金を冒涜することはないでしょう。
ヴェルグンデ(ラインの乙女)
ラインの黄金から指輪を作ることができれば、その者は計り知れない力を手にすることができるのよ。
フロースヒルデ(ラインの乙女)
父はそれを言ってはいけないと命じたはずよ。清らかな宝を賢く守るために、愚かな者が川から盗まないように。だから黙りなさい。
ヴォークリンデ(ラインの乙女)
愛の力を放棄した者、愛の欲望を追い払う者だけが、黄金を指輪に作りかえる魔法を手に入れることができるのよ。
ヴェルグンデ(ラインの乙女)
命あるものは愛を求め、誰も愛を避けないものよ。
ラインの乙女たち
ワララ!可愛い小人、あなたも笑ったらどう?黄金の輝きの中で、あなたは美しいわ。
輝く水の中で、ラインの乙女が上に下に泳ぐ。
世界のすべてを手に入れられるのか?愛は手に入らなくても、欲望は満たせる。馬鹿にするがいい。ニーベルングがお前たちのおもちゃ(黄金)に近づくぞ。
アルベリヒは猛烈な勢いで岩を登る。岩礁から黄金を奪う。
これから暗闇の中にいろ。お前たちの光を消し、岩から黄金を奪い、復讐の指輪を作ってやる。俺はこうして愛を呪うのだ。
急いで深みに潜っていき、姿が見えなくなる。すぐに辺りが暗くなり、ラインの乙女が追いかけていく。
ラインの乙女たち
泥棒を捕まえて!黄金を守れ!助けて。
川の奥底から、アルベリヒの嘲笑が聞こえてくる。
第2場
ライン河畔の山上
山の上の開けた場所。神々の長ヴォータンと妻フリッカが寝ている。山には城壁が見える。
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
ヴォータン、起きてください。
永遠の事業が完成したぞ。山の上には神々の城が、美しく輝いている。
「永遠の作品が完成した」Vollendet das ewige Werk!
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
あなたは城を喜びますが、私はフライアを心配します。約束した支払いを思い出してください。城は出来上がり、契約は行われるのです。契約を忘れたのですか?
よく覚えている。城を建てた者が要求したことならば。契約により、彼らを手なずけたのだ。支払いは気にするな。
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
笑えるほどの軽薄さよ。あなたの契約を知っていたら、その欺瞞に抵抗していたでしょうよ。しかし、あなたち男は女を退けて、巨人たちと交渉した。恥ずかしげもなく、私の可愛い妹フライアを差し出したのよ。
お前が城を作ってくれと頼んだのに?
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
あなたが浮気者だから、あなたをつなぎとめるために、素晴らしい住居と調度品でくつろいでもらえるようにしたかったのよ。それなのに、城には城壁と要塞があるわ。あなたは戦うことしか考えていない。
許してくれよ。お前を妻として迎えるために片目を惜しまなかったのだぞ。お前が喜ぶほどに、私は女性を敬っている。それにフライアを諦めてはいない。
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
それならあの子を守って。怯えているわ。
ローゲはどこに行った?
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
あの狡猾な男を信じるなんて!私たちは彼にひどい目にあわされているわ。
勇気が尊ばれる場面なら、彼を頼ることはないだろう。敵を妬みを利用するには、ローゲの策略が必要なのだ。この契約を結べと言った男が、フライアの開放を約束したのだ。私は彼を信頼する。
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
ローゲは、あなたをひとりにしているわよ。ああ、巨人が来る。狡猾な助けはどこにいるのよ!
巨人の兄弟ファーゾルト、ファーフナーが現れる。
ファーゾルト(巨人、兄)
お前たちが眠っている時も、俺たち二人は城を作っていた。大変な苦労をして岩と積み上げたのだ。あそこに見えるのが成果だ。俺たちに支払いをして、城に入るがいい。
報酬とはなんのことかな?
ファーゾルト(巨人、兄)
忘れたとは言わせない。フライア、彼女を連れて帰る。
別の謝礼を考えろ。フライアは売り物ではない。
ファーゾルト(巨人、兄)
契約を破るのか?その槍に書かれたルーン文字を冗談というのか?
愚かな兄だ。今になって、欺瞞に気が付いたのか。
ファーゾルト(巨人、兄)
光の息子よ。お前が何者であるかは、契約によってである。契約はお前の力である。俺たちより賢いお前は、自由な俺たちを和平に結び付けた。この契約を破れば、お前の知恵を呪う。お前の定めた和平から俺たちは離脱するだろう。
冗談の契約を本気にするとは。美しく愛らしい女神のフライアがお前たちの何の役に立つというのか?
ファーゾルト(巨人、兄)
俺たちを馬鹿にしているのか。お前たちは美しさでこの世を支配しているではないか。だが、愚かにも石の塔や城のために、女を担保にしたのだ。俺たちは苦労しながら、女を得ようとした。貧しい俺たちと一緒に住む女を求めるために。
フライアを捕まえても何の意味もない。だが、神々から彼女を離すのは価値がある。
(小声で)フライアの庭には、黄金のリンゴが実っている。彼女しか世話ができない。リンゴは神々に、老いることのない若さを与える。フライアを失えば、彼らは老けて弱くなり、消えていくだろう。
(大声で)彼女を神々から捕らえるのだ。
その場に、雷の神ドンナー、豊穣の神フローが現れる。
フロー(豊穣の神)
(フライアを抱き)おいでフライア。彼女から離れろ。
ドンナー(雷の神)
私のハンマーの強い一撃を感じたことがあるだろう。
ファーゾルト(巨人、兄)
争いは求めていない。報酬を要求するだけだ。
ドンナーがハンマーを振り下ろそうとする。ローゲがやってくる。
やっと来たか。お前のひどい契約に決着をつけるために。
何ですって?私がどんな契約をしたっていうんです?巨人たちとの契約で私に相談した件ですか?
そもそも私は家や囲炉裏など必要ありません。フローやドンナーは家を必要とし、ヴォータンも城と広間を求めた。完成した城はしっかりと建っていますよ。城壁を念入りに調べました。巨人たちはきちんと仕事をしていましたよ。私はここにいる人たちのように、なまけていません。
お前は私から巧みに逃れるな。私は神々の中でお前のただ一人の友人だぞ。私にアドバイスをくれ。
ローゲがなかなか解決策を言わないので、神々がののしり、巨人たちが支払いをせっつく。
いつもローゲは恩を忘れられる。あなたを心配して、巨人が満足するフライアの代わりになるものを探しました。
探しても無駄でした。この世には男にとって女の喜びより価値のあるものはありません。命がある水中、地中、空中と探し尋ねても笑われるばかり。
一人見つけました、愛を断念した男を。男は輝く黄金のために女の愛情を捨てました。ラインの乙女たちは不幸を嘆き訴えるのです。ニーベルング族のアルベリヒは、乙女たちに好意を求めたが無駄になり、復讐のためにラインの黄金を盗んだのです。
この黄金こそ、女の愛情より価値があるものなのでは?と思いました。
ヴォータン、乙女たちは盗人に罰を与え、黄金を川に戻してほしいと訴えています。私は彼女たちの願いをあなたに伝えると誓いました。これで、ローゲはその約束を果たしたのです。
「いつもローゲは恩を忘れられる」Immer ist Undank Loges Lohn!
私が困っているのに、どうやって助けるというのか。
ファーゾルト(巨人、兄)
(ファーフナーに)あの小人に黄金をやってはいけない。あいつには面倒をかけられている。取り押さえても、すぐに逃げるからな。
黄金があいつに力を与えたら、俺たちに仕返しを考えるかもな。ローゲ、その黄金にはどれほど大きな価値があるのか?
ラインの川底にあるうちは、乙女たちの遊び道具にしかならない。だが、黄金が指輪に作り変えると、世界を勝ち取ることができる。
ラインの黄金の噂は聞いたことがある。だが、私は指輪を作り出す技をどうやって得ることができるのか?
黄金を指輪に変えるのには隠された呪文がいるが、愛を断念した者には呪文を操るのは簡単だ。あなたは指輪を作らなくていい。すでに、アルベリヒは指輪を我がものにした。指輪はもはや彼のものだ。
ドンナー(雷の神)
あの小人は我らを支配しかねないぞ。指輪を奪い取らねば!
そうだな。どうすればいい?
盗むのです。泥棒が盗んだものを盗み返すのです。アルベリヒは抵抗するでしょうから、賢く手際よくやらねばなりません。そして、乙女たちに黄金を返してやりましょう。それが乙女たちの願いなのですから。
ヴォータンは黙って考えている。
(ファーゾルトに)フライアよりも黄金の方が役に立つ。
ファーゾルトは渋々納得する。
聞け、ヴォータン。フライアはそちらに残そう。もっといい支払いを見つけたのだ。ニーベルングの黄金をくれ。俺たちはあの小人を捕まえることはできなかったが、お前はできるだろう。
お前たちの代わりに苦労しろということか。
夕方まで人質として世話をする。もしラインの黄金が用意できなければ、女は俺たちに従ってもらう。
巨人たちに担がれて、フライアは連れ去られる。
(巨人たちを見ながら)野を越え、ライン川を歩いて渡る。巨人に背負われたフライアはつらそうだな。巨人の国境で、休憩するんでしょうね。
(神々を見て)神々の皆さん、なんだか老けて見えますよ。そうか、フライアの黄金のリンゴを食べていないからだ。巨人たちはあなたたちの若さがリンゴによるものだと気が付いたのでしょう。フライアは私にあまりリンゴをくれなかったので、私に影響はないですけどね。それに、私は半分しか神ではないからな。
リンゴがなければ、容貌は衰え世の笑いものになり、神々は終わりを迎えるでしょうよ。
半分しか神ではない…ローゲは、巨人族の血が混じっている半神。
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
ヴォータン、迷惑な人。あなたの軽率さが、皆に恥をもたらしたわ。
ローゲ、一緒に降りていくぞ。地下のニーベルハイム(ニーベルング族の国)へ。
ライン川を潜って通っていきますか?
ライン川は通らない。
それならば、硫黄の坑道を通っていきましょう。
ふたりは坑道に入っていく。
間奏 …ローゲの動機から、ニーベルング族の動機、鍛冶の音
第3場
地下の国ニーベルハイム
アルベリヒは、弟のミーメをこき使っている。
ミーメ(アルベリヒの弟)
痛い、耳を引っ張るな。
ミーメが持っていた鎖細工を奪い取る、アルベリヒ。
完成しているじゃないか。時間を稼いで盗もうと思っていたのか。(鎖細工の「隠れ頭巾」をかぶり)頭にぴったりだ。(小声で)「夜と霧よ、姿を消せ。」どうだ、弟よ、姿が見えるか?
アルベリヒの姿が見えなくなる。
ミーメ(アルベリヒの弟)
どこにいる?見えないぞ。
(姿を消したまま)盗もうとした褒美をやろう。鞭で打ってやる。俺の姿が見えずとも、働き続けろ。お前たちに安息はない。声が聞こえたら、彼が近づいてくるぞ。ニーベルング族の王がな。
鞭の音だけ聞こえて、ミーメは悲鳴を上げて倒れる。坑道から出てきた、ヴォータン、ローゲが地下の国に到着。
ここがニーベルハイムです。
大きなうめき声が聞こえるぞ。
ローゲがミーメを助け起こす。
ミーメ、何がお前を痛めつけたのか?
ミーメ(アルベリヒの弟)
俺をこき使う血のつながった兄の言いなりなんだ。
お前をこき使うとは、何がそいつに力を与えた?
ミーメ(アルベリヒの弟)
アルベリヒは、ラインの黄金から指輪を作った。その力にニーベルハイムは支配されている。以前はのんきな鍛冶屋だったのに、今はアルベリヒのためだけに働くばかりだ。
兄は俺にばかりつらく当たり、鎖の頭巾を作るように命じた。俺は気が付いた。頭巾は魔力を持つのではと。頭巾の力であいつの支配から逃げて、うまくいけば指輪を奪い取れるかもしれないと考えた。
なぜ計画がうまくいかなかった?
ミーメ(アルベリヒの弟)
俺は鎖の頭巾を作ることはできたが、兄が思いついた呪文はわからなかった。兄は頭巾を奪い取って、頭巾の力をわからせた。目の前から消えて、俺を散々痛めつけたんだ。
ミーメは泣き、ヴォータンとローゲは笑う。
(ヴォータンに)これはたやすい話ではないですよ。
お前の助けがあればなんとかなる。
ミーメ(アルベリヒの弟)
(二人の笑いに困惑し)あれこれ聞くが、あんたたちは何者だ?
友人だ。ニーベルングの人々を苦しみから解放しよう。
ミーメ(アルベリヒの弟)
アルベリヒが来る!
ヴォータンは座って待ち構える。隠れ頭巾を脱いだアルベリヒが鞭を振り回し、ニーベルングの小人たちを追い回している。
のろまな連中。宝を運べ。そこにいるのは誰だ?勝手に忍び込んだのか?何の用だ?
ニーベルハイムの噂を聞いたのだ。アルベリヒが不思議なことをやっていると。
お前たちが何者か知っている。もう恐れる必要はないのだ。あの山積みの宝の山を見ろ。
お前はすごい力を手に入れたようだな。だが、ここでは役に立たないでしょう。喜びのない国では。
宝を使って世界を自分のものにする。お前たちは穏やかな風の吹く中で暮らし、愛し笑いあっているが、俺が黄金の拳ですべての神々を捕まえてやる。ニーベルングの宝が地上に現れたときには、闇の軍勢に気をつけろ。
愚かな奴め。
お前はすごいな。星や月、太陽であってもお前に仕えないといけないだろう。だが、お前が眠っている時はどうなる?どうやって身を守るのだ?
そのために姿を隠す頭巾を考えたのだ。また、どんな姿にでも変身できる。俺を探しても誰にも見えない。だから安心していられる。
素晴らしい奇跡だが、信じるわけにはいかない。そのようなことが可能ならお前の権力は永遠に続くだろう。どんな姿でもいいから変身して見せてくれ。
「大きな蛇、とぐろを巻け」
隠れ頭巾を使って大蛇に変身して、元の姿に戻る。
大きくなれることはわかった。小さくなることはできるかな?例えば、ヒキガエルとか。
「灰色のヒキガエルよ、這え」
(ヴォータンに)ヒキガエルを捕まえて!
ヴォータンがヒキガエルを踏みつける。ローゲが隠れ頭巾を外し、アルベリヒは踏みつけられたまま元の姿に戻る。
忌々しい。捕まってしまった。
(ヴォータンに)しっかり縛り上げてください。地上に上がりましょう。
間奏 …ニーベルング族の動機から鍛冶の音、巨人の動機、ヴァルハルの動機
第4場
ライン河畔の山上
縛ったアルベリヒと共に、地上に現れるヴォータンとローゲ。
お前は捕らわれの身だ。開放してほしければ、身代金を払え。
俺はなんて間抜けだ。復讐してやる。何が欲しいか言え!
お前の宝と黄金だ。
欲深いやつらだ。だが、指輪さえ手放さなければ、宝はまた手に入れられる。今回は教訓のために手放してもいいだろう。(ヴォータンに)片手を解けば、持ってこさせよう。
片手が解かれ、指輪に呪文を唱える。穴からニーベルングの小人たちが宝を持って出てくる。
あいつらに縛られた姿を見られるとは。あそこに運べ。命じた通り。こっちを見るな、さっさと戻れ。支払いは済ませた。行かせてくれ。ローゲの隠れ頭巾は返してくれ。
小人たちは宝を山のように積み上げて穴に戻っていく。
頭巾はもらう。
お前の指に黄金の指輪があるのが見える。
命ならやるが、指輪はダメだ。
指輪を要求する。
自分の体であろうとも、指輪以上の価値はない。
冷静になれ。誰から黄金を奪い、指輪を作ったのかを。
盗人のお前が、俺の悪事をなじるのか?お前自身がラインから黄金を盗みたかったんだろう?俺が罪を犯しても、自分が起こしたことだ。だが、もし俺から指輪を奪えば、過去現在未来のすべてに罪を犯すことになるだろう。
わめいても、お前に指輪の権利はない。
ヴォータンはアルベリヒを捕まえて、指輪を奪い取る。アルベリヒの叫び声。ヴォータンは指輪をはめる。
権威ある私をより高めてくれるものを得た。
これで自由か?指輪に呪いあれ。持ち主は不安にさいなみ、持たない者は指輪を求めよ。俺の手に戻るまで、指輪の主人は指輪の奴隷になれ。俺の呪いを逃れることはできない。
「アルベリヒの呪い」Bin ich nun frei?
アルベリヒは立ち去る。山の上が次第に明るくなり、神々が現れる。
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
良い知らせはあるの?
(宝の山を差し)フライアの身代金はあります。
フロー(豊穣の神)
さわやかな風が再び吹き、我らを満たす。永遠の若さを与える女神と永遠に別れることになれば、私たちは悲しい結末を迎えただろう。
巨人のファーゾルトとファーフナーが、女神フライアを連れてやってくる。
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
愛しい妹よ、戻ってきたのね。
ファーゾルト(巨人、兄)
まだ触るな。俺たちのものだ。人質を大切に世話した。代金を支払うがいい。
代金は準備した。
ファーゾルト(巨人、兄)
彼女を手放すのは惜しい。俺の心から彼女を消すために、彼女が見えなくなるまで財宝を積み上げろ。
フライアに合わせて物差しを用意しろ。
フライアは中央に立ち、巨人たちは自分たちの杭を彼女の身長と幅に合わせて地面に立てる。
人質と同じだけの杭を打ったぞ。宝を入れろ。
作業を急げ。早く終わらせろ。
ローゲとフローは、フライアの前に宝を積み上げていく。
フライアは隠された。
宝はなくなった。
彼女の髪が光っている。その網細工を渡せ。
この頭巾もか?
渡せ。
ファーゾルト(巨人、兄)
彼女の目が見える。瞳が見える限り彼女は渡さない。
隙間にふたをしろ。
こちらの宝はないぞ。
ヴォータンの指輪がある。それを渡せ。
(巨人たちに)お前たちに教えておく。この黄金はラインの乙女たちのものだ。ヴォータンは彼女たちに指輪を返す。
何を言うのか。苦労して手に入れたのだから、私のものだ。
指輪を代金として差し出せ。
お前たちが欲しいものを言え。世界にある何でも与えよう。だが、指輪は渡さない。
神々はヴォータンに指輪を渡すように説得する。あたりが暗くなり、知恵の女神エルダが出てくる。
手を引きなさい、ヴォータン。指輪の呪いから逃れるのです。
お前は誰だ?
私は過去と未来を見通すことができます。太古の知恵の女神エルダがあなたを諫めているのです。
ここに残ってくれ。お前の声は心地よい。
警告しました。よくお考えを。
エルダは消え、ヴォータンもそれを追いかけようとする。他の神々が引き留める。ヴォータンは呆然としている。
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
何がしたいの?正気に戻って。
ドンナー(雷の神)
(巨人たちに)少し待ってくれ。指輪は渡す。
神々は、ヴォータンの様子を見守る。
フライア、ここにおいで。巨人たちよ、指輪は渡そう。
指輪を宝の山に放り、巨人たちはフライアを離す。ファーフナー(巨人、弟)はすぐに宝を袋に詰め始める。
ファーゾルト(巨人、兄)
待て、欲深いやつめ。平等に分けろ。
宝より女神を欲しがったくせに!お前を説得するのは大変だった。宝を分けても、多くもらう。
ファーゾルト(巨人、兄)
お前たち、誰か仲裁役になってくれ。
ヴォータンは目をそらす。
宝なんてくれてやれ。お前は指輪を狙うのだ。
ファーゾルト(巨人、兄)
指輪は俺のものだ。フライアの瞳の代わりに、俺が手に入れたものだ。
兄が弟から指輪を奪い取る。弟が兄に杭を打つ。弟が瀕死の兄から指輪を奪い取る。
もう指輪を触ることはできない。
ファーフナー(巨人、弟)は宝を抱えて、去る。
…呪いの力は恐ろしい。
ヴォータン、あなたは幸運だ。指輪を得たことで、利益を得て、指輪を失ったことで、さらに利益を得た。
だが、不安と恐れにさいなまれる。それを終わらせる方法を、エルダに教えてもらいたい。彼女に会わねば。
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
ヴォータン、気高い城が城主を迎えようと待っているわ。
ヴァルハル城への神々の入城
ドンナー(雷の神)
湿気が漂っていて、すっきりしない。雲を集めて閃光のある天気にしよう。空を明るく掃除しよう。おおい、集まれ、霞よ、湿気よ。雷の神が招集するぞ。
雲が集まり始め、ハンマーで石を叩くと雷が鳴る。ドンナーは雲の中に姿を消す。
ドンナーの声(雷の神)
フローこっちに来てくれ、橋の道を示してくれ。
晴れて明るくなり、ドンナーとフローが姿を見せる。虹の橋が城に通じている。
フロー(豊穣の神)
この橋は城へと通じています。あの橋を渡っていきましょう。
夕暮れに太陽が輝いている。気高い光の中で城は主を待っている。朝から夕暮れまで城の獲得は大変だった。闇が忍び寄ろうとも、城は隠れ家となるだろう。私は城に挨拶する。さあ、妻よ、ヴァルハラに住むのだ。
ヴァルハラ(Walhall)…「戦士の広間」の意味。
フリッカ(ヴォータンの妻・結婚の女神)
その名前は聞いたことがないですよ?
恐れの中から私の勇気が、考え出した言葉だ。
ヴォータンとフリッカは手を取り合い、フロー、フライア、ドンナーと続いて城に進んでいく。ローゲは少し離れて、その姿を見る。
やつらは没落に向かっている。彼らと関わるのは恥ずかしくてたまらない。たとえ神聖な神々だとしても、彼らと一緒に滅びるのは愚かだ。よく考えないといけない。私が何をしようと、誰にもわからないだろう。
「やつらは没落に向かっている」Ihrem Ende eilen sie zu
ローゲは神々の後をゆっくりついていく。
ラインの乙女たちの声
ラインの黄金、清らかな黄金。澄んだ黄金を失って嘆いている。黄金を返して。
あの嘆きはなんだ?
ラインの乙女たちが黄金を奪われたことを嘆いています。
忌々しい水の精。やめさせろ。
おい、水の中の乙女たち。ヴォータンからの要望だ。お前たちの黄金が輝くことはないが、神々の栄光の中で泳ぐといい。
神々は笑い、橋を登っていく。
ラインの乙女たちの声
ラインの黄金、清らかな黄金。親しみと忠実さがあるのは水底だけ。地上で偽りと卑劣が栄えている。