「エフゲニー・オネーギン」は、ロシア・オペラの最高傑作です。チャイコフスキーが完成させたオペラ11作品の中で、一番大成功したのが「エフゲニー・オネーギン」になります。「エフゲニー・オネーギン」の見所は、タチヤーナの「タチヤーナの手紙の場」Letter Scene(第1幕)、レンスキーのアリア(第2幕)、グレーミン公爵のアリア(第3幕)、オネーギンのアリア(第1幕)です。
エフゲニー・オネーギン、オペラ:人物相関図
エフゲニー・オネーギン、オペラ:登場人物
タチヤーナ | 地主貴族の娘 | ソプラノ |
オネーギン | 貴族 | バリトン |
レンスキー | 詩人・妹の婚約者 | テノール |
グレーミン公爵 | 数年後にタチヤーナの夫 | バス |
オリガ | タチヤーナの妹 | アルト |
ラーリナ夫人 | タチヤーナの母 | メゾソプラノ |
トリケ | フランス人 | テノール |
- 原題:Евгений Онегин(Yevgény Onégin)Eugene Onegin
- 言語:ロシア語
- 作曲:ピョートル・チャイコフスキー
- 台本:コンスタンティン・シロフスキー、ピョートル・チャイコフスキー
- 原作:アレクサンドル・プーシキンの小説「エヴゲニー・オネーギン」
- 初演:1879年3月29日 モスクワ マールイ劇場
- 上演時間:2時間40分(第1幕80分 第2幕40分 第3幕40分)
エフゲニー・オネーギン、オペラ:簡単なあらすじ
田舎に住む貴族の娘タチヤーナは、本を読むのが大好きだ。姉の婚約者レンスキーが友人のオネーギンを連れてタチアナの家にやってくる。タチヤーナはオネーギンに一目惚れする。夜中にラブレターを書く。手紙を渡したが、オネーギンの返事は冷淡だった。
人々が集まり、タチヤーナを祝う舞踏会が開かれる。オネーギンとレンスキーは些細なことで口論になる。二人は決闘することになり、レンスキーは死んでしまう。オネーギンは放浪の旅に出る。オネーギンが去った後、タチヤーナはグレーミン公爵と結婚する。
オネーギンが放浪の旅から戻る。舞踏会で優雅に振舞うタチヤーナにオネーギンは恋心を抱く。タチヤーナはオネーギンへの愛を認めるが、夫のもとに戻ってしまう。
エフゲニー・オネーギン、オペラ:第1幕のあらすじ
第1場
序曲
農村地帯にある・地主貴族の家の庭
屋敷の庭で、タチヤーナの母親と乳母は果物を瓶詰めにしている。家の中から、若さに満ちあふれたタチヤーナと妹の歌声が聞こえる。
タチヤーナの母親(ラーリナ夫人)
私も娘のように歌う時期があったわ。許嫁がいたけれど、別の男性を熱烈に愛した。結局、親が決めた夫と結婚した。私が夫との人生を楽しめることはなかったけれど、夫は私を愛して、信頼してくれた。むなしい日々も、家事に追われながら、満足していった。習慣はいつしか幸福に変わるものなのよ。
乳母
そうですわね。あなた様は別の方に恋をしていた。悲しまれていたお姿も覚えています。旦那様はあなたを愛し、信頼しておりました。あなた様は、家事を切り盛りされて、満足なさった。習慣はいつしか幸福に変わるのです。
母親と乳母の「習慣は幸福に変わる」の言葉が、オペラの終盤タチヤーナが「愛を選ばず、夫を選ぶ」の伏線になっています。
庭に農夫たちが歌いながら入ってくる。収穫した作物を持ってきた。
農夫たち
こんにちは。ご主人様。あなたのお慈悲に預りに来ました。こちらが収穫した束です。
タチヤーナの母親(ラーリナ夫人)
みごとな作物だわ。楽しんでちょうだい。何か陽気な歌を歌って。
農夫たちの歌声を聞いて、姉妹が庭に出てくる。タチヤーナは本を持っている。
こうした歌を聞きながら、空想にふけるのが好き。
タチヤーナの妹(オリガ)
あなたはいつも夢を見ているのね。でも、私は違うわ。悲しみなんて苦手よ。歌を聞くと楽しくなる。若い日々はあっという間よ。楽しまないと。
タチヤーナの母親(ラーリナ夫人)
あなたはおてんばね。さあ、農夫の皆さん。離れにどうぞ。乳母が案内するわ。お酒を用意していますよ。
農夫たちと乳母が去る。タチヤーナは、ひとりで本を読んでいる。
タチヤーナの母親(ラーリナ夫人)
タチヤーナ。私も昔はあなたと同じように恋の本を読んで感動していたわ。それは作り物よ。時間が経ちわかったのよ。人生にはヒーローはいないの。今は心が穏やかよ。
タチヤーナの妹(オリガ)
穏やかになりすぎよ、お母さん。エプロンを外すのを忘れているわ。もうすぐ、レンスキーが来るのに。
急いだ様子で乳母が戻ってきた。
乳母
レンスキー様がお見えになりました。オネーギン様もご一緒です。
(ああ!逃げ出そう!)
タチヤーナが立ち去ろうとするのを、母親が止める。
タチヤーナの母親(ラーリナ夫人)
タチヤーナ。どこに行くの?あなた変よ。
レンスキーとオネーギンが訪ねてくる。
皆さん、友人を連れてきました。オネーギンです。
よろしく。
タチヤーナの母親(ラーリナ夫人)
歓迎します。こちらが私の娘たちです。私は少し家に戻りますが、娘たちがおもてなししますね。
(小声)君は本当に妹の方がいいの?タチヤーナの方が魅力的だけど。
(小声)僕には彼女がぴったりなんだ。
(オネーギンは運命の人よ。私はこの日を待っていた。)
タチヤーナの妹(オリガ)
(オネーギンの登場で、みんなの関係が動き出したわ。)
レンスキーとタチヤーナの妹、タチヤーナとオネーギンがそれぞれ会話を始める。
田舎は退屈でしょう。することがなくて。
本が好きですし、空想をしますわ。
ああ、私もかつてそうでしたよ。
タチヤーナの妹
覚えているでしょう。幼い頃に、私たちの父親が結婚の約束をしたことを。
ええ、僕はあなたを愛しています。
第2場
タチヤーナの部屋
夜、タチヤーナは寝付けなくて物思いに沈んでいる。
眠れないの。何か昔話をしてちょうだい。若い頃の恋の話をして。
乳母
そのようなことを言われても。私は父の決めた結婚をしました。
もういいわ。紙とペンを用意してちょうだい。しばらくしたら寝るわ。
乳母は部屋を出て行く。机に座って、手紙を書き始めて、捨ててしまう。
あなたに会う前から、私はあなたを存じていました。夢の中に現れて、素敵な眼差しや声を聞いていたのです。あなたが実際に私の前に現れたとき、私はわかりました。この方だと。私の運命をあなたにお預けします。あなたにこの身を委ねましょう。
「手紙の場」Letter Scene
「手紙の場」Letter Scene|エフゲニー・オネーギン
手紙を書き終えたタチヤーナが、カーテンを開けると明るい光が差し込む。
乳母
お嬢様、時間ですよ。あら、もう用意が。早起きですね。
オネーギンに、この手紙を届けてちょうだい。
乳母は手紙を受け取り、出て行く。
第3場
タチヤーナ家にある、別の庭
古いベンチや花壇のある庭。足早に庭にやってきたタチヤーナは、疲れたようにベンチに座る。
ここにオネーギンが来る。神様、あの人はどう思ったでしょうか?どうして感情のままに手紙を書いてしまったの?足音が!!
オネーギンが庭に来る。
あなたは手紙をくださいました。無邪気な恋心を。心は動かされました。ですが、褒め称えようとは思いません。私が父や夫となる運命なら、あなたを選ぶでしょう。ただ、私にその幸福は向きません。あなたを兄のように愛しています。若いお嬢さんは、空想を憧れと取り違えたりすることがあるのですよ。
「オネーギンのアリア」Onegin’s aria
「オネーギンのアリア」Onegin’s aria|エフゲニー・オネーギン
忠告ですよ。私はあなたの無邪気さを理解できましたが、誰もが理解できるとは限りません。自分を抑える術を学んで下さい。
エフゲニー・オネーギン、オペラ:第2幕のあらすじ
第1場
タチヤーナ家の大広間
タチヤーナの命名式のための舞踏会。昔ながらのドレスや年代物の軍服を着た人々がワルツを踊る。タチヤーナとオネーギン、妹とレンスキーが踊っている。着飾った婦人たちが、オネーギンの噂話。
婦人たち
タチヤーナと踊っていたオネーギンは、不作法で有名よ。遊び人らしいわ。女性に対するマナーがなっていないのよ。
婦人たちの背後から、オネーギンは声を掛ける。
散々聞いたよ。嫌な噂だ。レンスキーはこんな不愉快な舞踏会に誘っておいて、恋人と楽しんでいる。それなら、タチヤーナの妹を口説いて、あいつを怒らせてやろう。
お嬢さん、一緒に踊りませんか?
タチヤーナの妹(オリガ)
え?困るけど、まあ、いいわ。
妹は困惑するが、オネーギンと踊る。レンスキーはオリガを責める。
あなたは僕が笑いものにされていいのですか。僕と約束した踊りをすべて、あいつと踊るなんて。僕はふたりが手を取り、見つめ合って踊るのを見ていたんだ。
タチヤーナの妹(オリガ)
たいしたことではないでしょう?私たちは冗談を言いながら踊っていただけよ。あの方はいい人よ。
いいひとだって?僕を愛していないんだな。
ふたりが言い合いをしているところに、愉快そうなオネーギンが来る。
(からかうように)僕を愛していないんだな。お嬢さん、次の踊りです。誘いに来たよ。約束しただろう。
タチヤーナの妹(オリガ)
そうね。約束は守ります。あなたが嫉妬をするからよ。
レンスキーを置いて、オネーギンと妹は踊りに行ってしまう。フランス人がやってくる。
フランス人(トリケ)
今日は、タチヤーナの命名式。彼女のために歌を歌います。
人混みに紛れていたタチヤーナが多くの客の前に押し出される。
フランス人(トリケ)
今宵集まった人々よ。タチヤーナの美しさに気づいて下さい。彼女の運命が永遠に幸せなものとなりますように。
「今宵集まった人々よ」А cette fête conviés
踊りが始まり、オネーギンと妹が踊り、レンスキーは深刻な顔で見ている。タチヤーナは軍人と踊る。踊り終わったオネーギンは、レンスキーに声を掛ける。
踊らないのか?そんなとこで突っ立っておかしいだろう。
君は素晴らしい友人だな。いや、もう僕たちは友人ではない。僕は君に決闘を申し込む。
人々がふたりに注目する。タチヤーナの母親が血相を変えて来る。
(あなた方の家で、子供の頃に素晴らしい時間を過ごした。だが、友情は壊れ、愛は消えてしまった。)
(なんて愚かなことをしたんだろう。もっとレンスキーに敬意を持って接するべきだった。)
(恐ろしさに震えるわ。オネーギンをどう考えたらいいのかわからない。)
タチヤーナの妹(オリガ)
(なんで男たちは争いなしではいられないの。舞踏会が今や決闘騒ぎ。)
レンスキー。君の言うことはわかったよ。こんなことはどうかしている。明日になれば、教訓になるだろう。
明日には、どちらが物事を教える立場なのかわかるだろうよ。
レンスキーは家を飛び出し、オネーギンがその場を離れる。タチヤーナの妹は気絶する。
第2場
田舎の水車小屋
雪の降る、冬の早朝。レンスキーと介添人が待っている。
介添人
遅すぎる。何をやっているんだ。
もうすぐ来るだろう。いったいどこへ遠ざかってしまったのか。青春の輝ける日々は。嵐のように青春は過ぎ去ってしまった。人生も愛も。友人よ、早く来い。
「レンスキーのアリア」Lensky’s aria
「レンスキーのアリア」Lensky’s aria|エフゲニー・オネーギン
オネーギンが介添人を連れてきた。
申し訳ありません。遅れました。(しばらく前まで、会話をし、食事をしていたのに。もう、仲良く別れることはできないのか。)
(しばらく前まで、友情を感じていたのに。もう、仲良く別れることはできないのか。)
オネーギンとレンスキーは顔を合わせず、決闘に入る。レンスキーが倒れ、オネーギンが駆け寄る。
死んだのか?
介添人
死んだ。
オネーギンは地面に崩れ落ちて、両手で顔を覆う。
エフゲニー・オネーギン、オペラ:第3幕のあらすじ
第1場
サンクトペテルブルク・グレーミン公爵邸の大広間
着飾った人々が踊りに興じている。ポロネーズ
ああ、ここでも退屈だな。決闘で友人を殺してしまってから、当てもなく旅を続けてきた。旅から帰り、この舞踏会に来てみたが…
「ここでも退屈だ」I zdes’ mne skuchno!
グレーミン公爵と公爵夫人のタチヤーナが現れる。タチヤーナは長いすに座り、絶えず人々の挨拶を受けている。
タチヤーナ。彼女がなぜここに。まるで女王のようではないか。
タチヤーナも遠くにいるオネーギンの存在に気がつく。
夫のそばにいる方は誰ですか?
変わり者ですよ。外国を旅していたとか。確か、オネーギンだと。
エフゲニー?私が田舎にいたときに、隣に住んでいた人ですわ。(神様、私をお隠し下さい。)
オネーギンは、グレーミン公爵に声を掛ける。
グレーミン公爵。あの赤い帽子を被った女性は誰ですか?
グレーミン公爵
長らく君は社交界に来なかったからね。彼女は私の妻だ。2年ほど前に結婚したのだよ。
恋は年齢など問わないものだ。若者にも、白髪まじりの軍人にも。オネーギン、私は何も隠したりしない。私は彼女を溺愛している。
「グレーミンのアリア」Gremin’s aria
「グレーミンのアリア」Gremin’s aria|エフゲニー・オネーギン
グレーミン公爵は、オネーギンをタチヤーナに紹介する。オネーギンは、丁寧に挨拶する。
おひさしぶりですね。昔、隣に住んでいらしたのよ。どこからいらしたの?
遠いところにいました。
そう。あなた、疲れたのでお暇したいわ。
グレーミン公爵とタチヤーナは、人々に挨拶をしながら去って行く。
タチヤーナ。かつて、説教したあの娘なのか。冷静で堂々とした振る舞い。それに比べて、私はどうだ。
間違いなく僕は恋をしている。悔しさなのか、虚栄なのか、恋なのか。ああ、恋をしているのだ。懐かしい面影が、思い浮かぶ。
「間違いなく僕は恋をしている」Uvy,somnen’ja net
オネーギンは広間を離れる。
第2場
グレーミン公爵邸の客間
上品な部屋着を着たタチヤーナは、オネーギンからの手紙を持ち、涙を流している。
苦しいわ。オネーギンが亡霊のように私の前に立ちふさがる。燃えるようなまなざしで、昔の恋心が燃え上がり、私は娘のようになった。
「なんて苦しいの」O! Kak mne tjazhelo!
オネーギンが部屋に現れる。泣いているタチヤーナを懐かしそうに見つめて、しばらく立ち尽くす。それから、タチヤーナのそばにひざまずいた。
立って下さい。私はあなたに隠さずお話しします。
かつて運命がふたりを近づけたとき、あなたは私に忠告を言い、私は大人しく聞きました。あなたにとって、田舎の大人しい娘にすぎなかったのでしょう。あのときの冷ややかな眼差しと態度を忘れてはいません。
あなたを私は責めません。私をお気に召さなかったのでしょうから。なぜ、今になって私を追いかけるのですか?
私が上流階級にあり、富や名誉があるからでしょうか。私を誘惑して、誘惑者としての名誉を世に知らしめるためですか。
あなたの非難は私を苦しめます。卑劣な企みをしていると思われるなんて。気持ちの全てを表すことが出来るなら、足元にひざまずき、祈り、告白しましょう。
私は泣いています。幸福は近くにあったのに。あんなにも近くに。ですが、私の運命は決まりました。私から離れて下さい。
嫌だ。私を哀れんで下さい。
どうして隠せましょう。私はあなたを愛しています。
タチヤーナは、オネーギンに抱きしめられるが、我に返りふりほどく。
なんと言われました?昔のタチヤーナが戻ったのか。
いいえ、過去には戻りません。私はあの人に貞節を誓います。
タチヤーナは立ち去ろうとするが、足元から崩れ落ちてしまう。オネーギンもひざまずく。
追い払わないで下さい。あなたは私を愛している。私のために全てを捨ててくれ。あなたは私のものだ。
タチヤーナは立ち上がる。
運命によって、別の人が与えられたのです。その人と暮らし、別れません。罪の欲望を抑えて、神聖な感情が打ち勝つのです。失礼します。
タチヤーナは立ち去る。
恥辱よ、苦しみよ。私の哀れむべき運命。
オネーギンは、部屋を走り去る。