レオンカヴァッロのオペラ「道化師」は、ヴェリズモ・オペラを代表する作品です。旅芝居一座で起こる、殺人事件をテーマにしたオペラ。作者が子供の頃に体験したという実際に起こった殺人事件と、当時パリで流行していたカルチュール・マンデスの舞台劇「タバランの妻」からの影響があると言われています。ヴェリズモ・オペラとは、空想や夢のような題材ではなく、現実の生々しい話を題材にしようというもの。「道化師」は「カヴァレリア・ルスティカーナ」と同時に上演されることが多いです。「道化師」の見どころは、旅一座の座長カニオの「衣装をつけろ」Vesti la giubbaです。
道化師、オペラ:人物相関図
道化師、オペラ:登場人物
カニオ | 旅芝居一座の座長 | テノール |
ネッダ | 座長の妻、役者 | ソプラノ |
トニオ | 一座の役者 | バリトン |
ペッペ | 一座の役者 | テノール |
シルヴィオ | ネッダの恋人 | バリトン |
- 原題:I Pagliacci
- 言語:イタリア語
- 作曲:ルッジェーロ・レオンカヴァッロ (レオンカヴァルロ)
- 台本:ルッジェーロ・レオンカヴァッロ
- 初演:1892年5月21日 ミラノ ダル・ヴェルメ劇場
- 上演時間:1時間15分(第1幕45分 第2幕30分)
道化師、オペラ:簡単なあらすじ
オペラ前の出来事
孤児のネッダは、一座の座長であるカニオに拾われ育てられる。その後、ネッダとカニオは結婚する。しかし、ネッダは密かに別れたいと願い、すでに若い恋人がいた。
道化師
トニオはネッダに若い恋人がいることを知る。夫のカニオも彼女の浮気を知る。混乱の中、皆で芝居をすることにする。劇の内容も、現実と同じように不倫をテーマにしたものだ。
その男の名前を言え。彼の名前を言え!
私の愛は強い。死んでもその名は言わない。
現実と芝居の区別がつかなくなったカニオは、ネッダとその恋人を刺し殺す。
道化師、オペラ:解説
レオンカヴァッロは、幼い頃に見聞きした事件を元にオペラ「道化師」を作ったと言っています。ですが、実際の事件とオペラには類似点はありません。
パリで流行していたカルチュール・マンデスの舞台劇「タバランの妻」と、オペラ「道化師」の内容が似ているためにその作品の翻案だろうと言われています。当時、カルチュール・マンデスから訴えられて問題になりました。
道化師、オペラ:プロローグのあらすじ
幕が上がる前に、トニオが現れる。
皆様方、しばし、お許しくださいませ。
これから行われるのは、古い仮面劇。作者が言うには、「人生の一コマを描いてみよう」とやってみたってやつだ。俺としちゃ、仮面の下には、血や涙があるってことを知ってくれりゃあいいさ。
さあ、開演だ。
「ごめんください、皆様がた」Si può? Prologue from Pagliacci
「ごめんください、皆様がた」Si può? Prologue from Pagliacci|道化師
道化師、オペラ:第1幕のあらすじ
イタリア南部、モンタルト村のはずれ
村人たちが歓声を上げて、旅芝居の一座を出迎える。馬車に乗った芝居の座長、カニオが挨拶をする。
今夜、大芝居をいたします。どうぞ、皆様ご来場を!
「今夜大芝居をいたします」Un grande spettacolo a ventitré ore
村人たち
もちろん行くさ。楽しみにしているよ!
カニオに馬車を降り、続いて妻のネッダが降りようとする。ネッダに片思い中のトニオが、彼女に手を差し伸べようとする。それを見てカニオは、トニオを平手打ち。
妻に近づくな!
覚えてろよ!くそったれ!
トニオは悪態をつきながら、芝居小屋に入っていく。
村人たち
カニオ、俺たちと一緒に飲みにいかないか。
喜んで。
村人たち
おーい、トニオ。お前も飲みに行くか?
いいや、仕事がありますから。
村人たち
トニオはここに残って、ネッダをこっそり口説く気かもな。
冗談はよしてください。舞台では、どんな芝居だってできます。でも、現実に、妻のネッダと別の男がいるところを見たら、おどけることなんて、できないですよ。
「冗談はよしてくれ」Un tal gioco, credetemi
(独り言)まったく困るわね。
村人たち
そんなに深刻にならなくてもいいじゃないか。
そう見えますか、すみません。妻を愛しているのでね。
村人たちとカニオは、飲みに行く。妻のネッダはひとり考え込んでいる。
カニオのあの目つき。なんて恐ろしい。もしもあの人が私の浮気現場を見たら、どんなに凶暴になるのか。
いや、やめよう。美しい8月の太陽よ!空には小鳥たちは飛び回っている。小鳥は自由なのに、なぜ私は自由になれないの。
「鳥の歌」Qual fiamma avea nel guardo
「鳥の歌・大空をはれやかに」Qual fiamma avea nel guardo|道化師
ネッダの歌声を聞きつけた、トニオがやってくる。
あんたの歌はうっとりするな。
アハハ、陳腐な口説き文句。さっさと飲み屋に行きな。
わかっているさ。嘲笑と恐怖を引き起こす男だってことを。それでも、俺にも、夢や希望があるんだ。どうしてもあんたに言いたいことがある。
「人と違うとわかっている」So ben che difforme
アハハ、やめてちょうだい。今夜言えばいいじゃない。芝居の中で。
笑わないでくれ。本気なんだ。俺のものになってくれ。
しびれを切らしたトニオが、無理矢理キスをしようと飛びかかるので、ネッダは鞭でトニオを撃退する。
ネッダ!この仕返しは必ずしてやる!
近寄るな、お前の正体はわかった!心と体が醜い!
入れ違いに、ネッダの秘密の恋人である、若い村人(シルヴィオ)がこっそり現れる。
シルヴィオ、こんな時間に来るなんて!命を危険にさらすつもりなの?本当に危ないのよ!
「二重唱」Silvio! a quest’ora
ネッダの恋人(シルヴィオ)
カニオが飲み屋に行くのを見たよ。大丈夫さ。明日には旅一座は去るんだろう。このままじゃ一緒にいられない。君の愛情が気まぐれでないなら、今夜一緒に逃げよう。ふたりで。
私はあなたを愛している。これ以上は無理なの。でも、一緒に行ってしまった方がいいかしら。
ふたりが、今後をどうするか相談しているところを、トニオがこっそり見て、その場を離れる。
(浮気の現場を押さえたぞ、あばずれめ!)
ふたりが駆け落ちの決断をしたところに、トニオが座長のカニオを連れてくる。ネッダは、自分の元から帰る若い村人(シルヴィオ)の後ろ姿に向かって言った。
今夜から、ずっとあなたのものよ。
(隠れて見ていた)ああ!!!
カニオの叫び声が響く。若い村人は逃げ出し、ネッダはカニオを止めようと、もみ合いになる。カニオは走り回るが、若い村人を取り逃がし激怒。カニオの姿を見て、トニオは嘲笑する。
トニオ、何かやると思ったわ。
今度はもっとうまくやって、カニオを酷い目にあわせるさ。
あんたは嫌なやつだ。
カニオが戻ってくる。
ここの裏道をよく知っているんだな。だが、逃げても無駄だ。あいつの名前を言え!
何も言わないわよ。
一座の役者(ペッペ)が現れる。
一座の役者(ペッペ)
もうすぐ村人たちがやって来る時間ですよ。とりあえず芝居をしましょう。
そんなことはどうでもいい!あいつの名前を言え!
(小声で)落ち着いてください。芝居をすれば、浮気男が戻ってくるかもしれません。俺がネッダを見張っていますよ。
一座の役者(ペッペ)
座長!衣装を着てください。
カニオは芝居の衣装を身につけながら、苦悶する。
衣装をつけろ、白粉を塗れ。涙をおどけに変えて、作り笑いさ。笑うんだ、道化師よ。
「衣装をつけろ」Vesti la giubba
道化師、オペラ:第2幕のあらすじ
間奏曲
村人たちが、芝居見物にやって来る。
芝居の幕が上がる。こじんまりとした、家のセット。
ネッダ・コロンビーナ…妻
ペッペ・アレッキーノ…妻の愛人
トニオ・タッデーオ…妻に横恋慕、使用人
カニオ・パリアッチョ…夫
(役柄・コロンビーナ)
夫は、しばらく帰ってこないわ。
一座の役者ペッペ(役柄・アレッキーノ)
(歌声)愛しいコロンビーナ。僕がそばにいるよ。窓を開けておくれ。
(役柄・コロンビーナ)
アレッキーノに合図を送らないと。
タッデーオが、家にやってきて、ひとりでいるコロンビーナを口説こうとする。
(役柄・タッデーオ)
なんて美人だ。彼女に告白したい。
(役柄・コロンビーナ)
あんた、鶏肉買ってきたの?
(役柄・タッデーオ)
もちろんです。これをどうぞ。(ああ、告白しないと!)
窓から、妻の愛人アレッキーノが部屋に入る。
一座の役者ペッペ(役柄・アレッキーノ)
おまえ、外に行ってろ。
(役柄・タッデーオ)
あんたたち愛し合っているのか。外で見張っていてあげますよ。
タッデーオは外に行き、コロンビーナとアレッキーノは、食事を始める。
(役柄・コロンビーナ)
愛しい人、素敵な夕食でしょ。
一座の役者ペッペ(役柄・アレッキーノ)
愛しい人、僕は飲み物を持ってきたよ。
タッデーオが戻ってきて、大騒ぎして隠れる。
(役柄・タッデーオ)
パリアッチョが戻ってきたぞ。すべて知っているみたいだ。俺は隠れよう。
愛人のアレッキーノは窓から逃げ、その後ろ姿にコロンビーナは言う。
(役柄・コロンビーナ)
今夜からずっとあなたのものよ。
出番を待っていた、カニオは夕方にネッダが言っていた、同じ言葉を聞き、動揺する。
(役柄・パリアッチョ)
男と一緒だったな!
(役柄・コロンビーナ)
何を怒っているの?酔っぱらっているのね。
(役柄・パリアッチョ)
なんで二人分の夕食があるんだ?
(役柄・コロンビーナ)
タッデーオがいたのよ。あなたを怖がって隠れているわ。
(役柄・タッデーオ)
彼女を信じてください。純粋な人ですから。
俺はもう、演技なんかしないぞ。男の名前を言え!
誰のことかしら?パリアッチョ、あなたどうしたの?
違う、もうパリアッチョではないぞ。
孤児のお前を拾い、飢えて死にそうだったお前を助け、名前をやったんだ。お前は、俺にふさわしくない女だ。汚らわしいあばずれめ。
「違う、パリアッチョではない」No! Pagliaccio non son
あなたにふさわしくないって言うなら、すぐに私を追い出してよ。
お前の都合よく行くものか。恋人のもとへとな。そんなことはさせない。恋人の名前を言え!
芝居を見ているネッダの恋人は、ふたりの不穏な様子に気がつく。
ネッダの恋人(シルヴィオ)
恐ろしくて見ていられない。これは何かおかしい。
カニオの迫真の演技に、観客は喝采を浴びせるが、途中から不穏な雰囲気に気がつき動揺する。一座の役者は場を収めようとするが、トニオに引き留められる。
一座の役者(ペッペ)
止めに行かないと。
黙れ。行くんじゃない。
男の名前を言え!名前だ!
私の愛は強いんだ。死んだって、言うものか!!
テーブルのナイフをつかみ、カニオはネッダを何度も刺す。
助けて!シルヴィオ!
ネッダは自分の恋人の名前を叫び、亡くなる。客席から助けようと駆けつける、ネッダの恋人。
ネッダの恋人(シルヴィオ)
ネッダ!
お前だったのか、よく来たな。
ネッダの恋人(シルヴィオ)も、カニオに殺された。
これにて喜劇は、終わりました。
La commedia è finita!
カニオは、呆然としてナイフを落とす。