「イル・トロヴァトーレ」は、イタリア語で「吟遊詩人」の意味。吟遊詩人マンリーコを巡る、悲劇のオペラです。「リゴレット」「イル・トロヴァトーレ」「椿姫」は、ヴェルディ中期の傑作と言われています。全体的に音楽が聴きやすく、話の筋が面白いので、初心者でも楽しみやすいオペラです。見どころの第3幕「見よ恐ろしい炎を」Di quella piraは、特に有名で聴き逃せません。
イル・トロヴァトーレ、オペラ:人物相関図
イル・トロヴァトーレ、オペラ:登場人物
マンリーコ | 吟遊詩人 | テノール |
レオノーラ | アラゴン王妃の女官 | ソプラノ |
ルーナ伯爵 | アラゴン王国の貴族 | バリトン |
アズチェーナ | ジプシー | メゾソプラノ |
フェランド | ルーナ伯爵の家臣 | バス |
ルイス | マンリーコの部下 | テノール |
- 原題:Il Trovatore
- 言語:イタリア語
- 作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
- 台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ、エマヌエレ・バールダレ
- 原作:アントニア・ガルシア・グティエレス「エル・トロヴァドール」
- 初演:1853年1月19日 ローマ アポロ劇場
- 上演時間:2時間20分(第1幕30分 第2幕40分 第3幕30分 第4幕40分)
イル・トロヴァトーレ、オペラ:簡単なあらすじ
ルーナ伯爵には誘拐された弟がいる。彼は今も弟を捜している。
ルーナ伯爵はレオノーラに好意を寄せているが、彼女はすでにマンリーコに恋をしている。マンリーコとルーナ伯爵は敵対する。レオノーラは死に、マンリーコはルーナ伯爵によって死刑にされる。
マンリーコの母アズチェーナは、マンリーコがルーナ伯爵の弟であることを知らせる。ルーナ伯爵はショックを受ける。
イル・トロヴァトーレ、オペラ:解説
「イル・トロヴァトーレ」は、15世紀、スペイン、アラゴン王国の首都サラゴサにある「アルハフェリア宮殿」と、「ビスカヤ地方の山」で物語が進みます。
世界遺産の「アルハフェリア宮殿」
アルハフェリア宮殿は、11世紀イスラム支配時期に建てられたイスラムの宮殿で、その後アラゴン王国時代に改築されています。現在は、世界遺産に登録。
「カスペの妥協」
オペラでは、ルーナ伯爵とマンリーコは出会う前から、政治的に対立しています。レオノーラが台詞で「内乱が起こった」と言っていますが、実際に1410年マルティン1世が後継者を決めないまま亡くなり、一時内乱状態になったのです。
ルーナ伯爵は、カスティーリャ王子側につき、マンリーコは、ウルジェイ伯(ウルヘル伯)側につきました。台詞でマンリーコに向かって下のように言っています。
(マンリーコに向かって)ウルジェイ伯の支持者には、死刑判決が出ているのに、よく宮殿に来たな!
内乱を経て、「カスペの妥協」により、カスティーリャ王子が王位につき、フェルナンド1世として国を統治しました。
イル・トロヴァトーレ、オペラ:第1幕のあらすじ
第1場
「アルハフェリア宮殿」門の前
夜、ルーナ伯爵の家臣と従者たち、衛兵たちが寝ずの番をしている。
ルーナ伯爵の家臣
しっかり見張れ。今、ルーナ伯爵は、思い人レオノーレの部屋近くで過ごしている。あの方の身の安全を守るのだ。
ルーナ伯爵が警戒するのも無理からぬことだ。彼女の庭先で、吟遊詩人が、夜ごと歌を歌うのだから。
従者ら
ああ、眠い。眠気を追い払うために、伯爵様の弟君の話をしてくれ。
衛兵ら
私たちもその話を聞きたい。
ルーナ伯爵の家臣
先代の伯爵様はふたりのお子さんをお持ちだった。ルーナ伯爵と、今なお行方不明の弟君だ。
昔、幼子の弟君が眠りにつく頃、何者かが忍び寄った。そばで眠っていた乳母は起きて、誰がいるのかと目を凝らした。
「ふたりのお子様の父親」Di due figli vivea padre beato
衛兵ら
誰だったのです?
ルーナ伯爵の家臣
卑しい老婆だった。老婆は「幼子の星占いをしたかったから、部屋に忍び込んだ」と。乳母は叫び声を上げて、老婆は去った。
その日から弟君は、熱を出し夜通し泣き続けるようになった。老婆が呪いを掛けたのだ。
すぐに老婆は捕らえられ、火あぶりにされた。だが、その老婆には、一人娘がいた。娘は、伯爵家に復讐を企てた。
なぜか、老婆を火あぶりにした灰の中から、赤子の骨が出てきたのだ。慌てて伯爵が息子の姿を探すが、見つからない。同時に、老婆の娘も姿を消した。
先代の伯爵様は「息子は必ず生きている」と信じていた。「弟の行方を捜すように」とルーナ伯爵に頼み、亡くなったのだ。
ああ、私はその場にいて女の顔を知っている。私がジプシーの女を捕まえることができたら!
「卑しき老婆」Abbietta zingara, fosca vegliarda!
従者ら・衛兵ら
極悪非道の魔女め。地獄に落ちてしまえ。
真夜中を知らせる鐘の音。皆が身震いして立ち去る。
第2場
「アルハフェリア宮殿」宮殿内の庭
月の見えない薄暗い夜。庭から、レオノーラの部屋のバルコニーへ続く階段が見える。
レオノーラの侍女
ここにいたのですか?王妃様があなたをお呼びですよ。夜ごと殿方を待つなんて。一体いつ、この恋は始まったのです?
遠い昔、馬上試合で誰とも知れぬ騎士が勝利を収めたのよ。私は栄光を授ける花冠を騎士に乗せたわ。内乱が起き、長い年月が過ぎた。
ある穏やかな夜、吟遊詩人の歌声が庭先に響いてきた。私の名を呼ぶ、悲しげな歌声。バルコニーから見ると、あの騎士の方だった。天にも昇る気持ちだったわ。
「穏やかな夜」Tacea la notte placida
「穏やかな夜」Tacea la notte placida|イル・トロヴァトーレ
レオノーラの侍女
あなた様の話を聞くと不安になります。友情からの言葉を聞いて下さい。
何を言っているの。
この恋は言葉では表現できないの。私の運命はあの方と共にある。共に生きるのでなければ、あの方のために死ぬでしょう。
「この恋は言葉では表現できない」Di tale amor che dirsi
レオノーラと侍女はその場を離れる。
レオノーラのバルコニーの下で、ルーナ伯爵はひとりでいる。
静かな夜だ。王妃は眠っているだろう。レオノーラ、彼女の部屋には、明かりが見える。起きているのだろう。どうか私の思いを聞いて欲しい。今夜がレオノーラに思いを伝えるチャンスかも知れない。
「静かな夜だ」Tace la notte!
茂みの影から、マンリーコの声が響いてくる。
(マンリーコの声)
この世にひとり寂しく、武運はなく、望みは乙女の真心だけ。この吟遊詩人には。真心を得ることができれば、王にも勝るだろう。
「この世にひとり寂しく」Deserto sulla terra
(図々しいやつ。)
マンリーコの声を聞きつけて、レオノーラが部屋から階段で下りてきた。暗闇のために、ルーナ伯爵に抱きつく。
私の大切なお方!!
(抱きつかれてしまった。どうしたら?)
(マンリーコの声)
不実な女!!
マンリーコが姿を現して、レオノーラは間違いに気がつく。
あれ、この声は。暗闇のために間違えました。
(マンリーコに)誤解しないで下さい。あなたを愛しています。私の心が求め、愛しているのはあなただけです。永遠に。
あなたはそこまで彼を。
レオノーラとマンリーコは抱き合う。
おい、お前。卑怯者でないなら、名を名乗れ。
私はマンリーコだ。衛兵を呼び、刑を執行すればいい。
お前は、内乱で敵対した罪ですでに刑罰が決まっている身ではないか。死の宣告を受けているのに、ここに来るとは。お前の運命は決まった。
どうか、お許しを。
私の心は嫉妬で燃える。「愛しています」その言葉を、あの男に言うとは!その一言で、あの男の運命は決まったのだ。
「三重唱」Di geloso amor sprezzato
伯爵様。どうかお慈悲を。あなたの怒りを私に向けて下さい。あなたを侮辱した女に、怒りを注いで下さい。
うぬぼれた男め。お前の剣で私は死ぬだろう。だが、レオノーラの愛によって、死ぬ運命にある私は無敵になったのだ。
マンリーコとルーナ伯爵は、決闘のために出て行く。レオノーラは気絶する。
イル・トロヴァトーレ、オペラ:第2幕のあらすじ
第1場
ビスカヤ地方の山の中
夜明け頃の山の中。崩れかけた家がある。たき火を囲むように、ジプシーの人々。少し離れたところに、マンリーコと母のアズチェーナが座っている。
ジプシーたち(合唱)
夜が明けるぞ。仕事だ。金槌を持て。誰がジプシーの暮らしを彩ってくれる?それはジプシー女だ。
「鍛冶屋の合唱(アンヴィル・コーラス)」
Vedi! Le fosche notturne spoglie(Anvil Chorus)
「鍛冶屋の合唱(アンヴィル・コーラス)」Anvil Chorus|イル・トロヴァトーレ
突然立ち上がり、アズチェーナが歌い出す。ジプシーたちが取り囲む。
かつて、激しい炎が音を立てていた。炎を取り囲み、喜びの歓声を上げる人々。群衆が見守る中、ひとりの女が生け贄として火あぶりにされた。呪いの炎は、空高く昇っていった。
「炎は燃えて」Stride la vampa
「炎は燃えて」Stride la vampa|イル・トロヴァトーレ
ジプシーたち
あなたの歌は、痛ましい。
実話に基づく歌だから、痛ましいのさ。
(マンリーコに低い声で)敵を取ってくれ、敵を取ってくれ。
(この妙な言葉をいつも言う…)
ジプシーの長老のかけ声で、ジプシーたちは下の村へ降りていく。
そろそろ教えてくれないか。母さん。その歌に関わる実話を。
お前の祖母の話だよ。伯爵に逆恨みされて、火あぶりにされた私の母の話だ。
母は役人に捕まった。当時、赤子を抱えていた私は必死で母を追った。処刑場に向かう母は私に言った。「敵を取ってくれ」と。
私はすぐに伯爵の赤子を誘拐した。火あぶりの場に戻ると炎の中から、「敵を取ってくれ」と母の叫び声。興奮と錯乱の中、なんとか赤子を炎の中に投げ込んだ。
炎が燃える中、ふと冷静になると、憎き伯爵の赤子が目の前にいた。
「怯え切った女は」Condotta ell’era in ceppi
何だって?
私は自分の子を…我が子を炎の中へ!!!
なんてむごい…だが、私は誰の子なんだ?
お前は私の息子だよ。あの出来事を思い出すと、錯乱して変なことを言ってしまうのさ。
お前が怪我をすれば看病する優しい母親だよ。先日、ルーナ伯爵との決闘でお前が傷を負った時には、私は駆けつけて命を救ったではないか。
そうだな。命の恩人だ。
なぜお前はルーナ伯爵との決闘の時に、あいつにとどめを刺さなかったのかい?
私自身も、説明できないのだ。敵を打ち破り、ルーナ伯爵の命を奪える瞬間があった。だが、天の声が聞こえてきたのだ。「してはならない」と。すぐにルーナ伯爵の部下らが私に襲いかかり、私は大けがを負った。
もし、運命が再び戦う定めを与えたら、必ず殺すのだよ。
ああ、約束する。ルーナ伯爵を殺すとも。
敵を取ってくれ。
マンリーコのもとに、使者が手紙を持ってきた。
「レオノーラは「あなたが死んだ」という誤りの報告を受け、修道院に入られる、とのこと」
何だって!彼女を失ってしまう。修道院に行かなければ。
行ってはいけない。お前は傷が治っていないのだから。
行かせてくれ。レオノーラを失えば、私は死んでしまう。
アズチェーナに引き止められるが、マンリーコは急いで立ち去る。
第2場
修道院・中庭の回廊
夜、ルーナ伯爵と家臣、従者らが修道院の中庭を足早に歩いている。
儀式は始まっていない。間に合ったな。レオノーラが神の道に進む前に止めるのだ。
ルーナ伯爵の家臣
あまりにも大胆な行いでございます。
大胆。そうだな。燃える恋心と激しい自尊心を呼び起こす。レオノーラが他のものになるなど、許せない。彼女は私のものだ。
彼女の微笑みは、星々の輝きよりも美しい。私の愛よ、私のために彼女に語りかけてくれ。
「君の微笑み」Il balen del suo sorriso
「君の微笑み」Il balen del suo sorriso|イル・トロヴァトーレ
ルーナ伯爵の家臣
お考え直し下さい。
黙れ。私の指示に従うのだ。お前たちは、あの木陰に隠れていろ。運命の時は来た。喜びが待ち受けている。神でさえあの人を私から奪うことはできない。
ルーナ伯爵は中庭に残り、家臣や従者らは木陰に隠れる。尼僧たちを引き連れて、レオノーレが歩いてくる。
レオノーラの侍女
あなた様は私たちから永遠に離れてしまうのですね。
皆さん、泣かないで。マンリーコを失った今、私は神へ身を捧げるべきなのです。いつの日か、天国で彼と結ばれるために。
ルーナ伯爵が姿を現す。
行かせはしない。お前が進むのは、婚礼の祭壇だ。
ルーナ伯爵がレオノーレを掴もうとしたところに、間を引き離すようにマンリーコが現れる。
信じてもいいの?これは夢なの、幻なの?これほどの喜びに私の心は堪えられないでしょう。あなたは天から戻られたのでしょうか、それとも私が天にいるのでしょうか。
「三重唱」E deggio… e posso crederlo?
地獄が獲物を逃したようだな。忌々しい。もしお前が生きることを望むなら、私と彼女から離れるがいい。
天国は私を迎え入れなかった。地獄への道へも進まなかった。神は私を救ってくれたのだ。
マンリーコは剣をかまえた従者らを多く引き連れており、あたりに緊張感が漂う。
レオノーラ。私と一緒に行きましょう。
行ってはならない。
ルーナ伯爵が剣を抜こうとすると、マンリーコの従者らによって剣を奪われる。
(あの方は恐ろしい。)
さあ、私と共に行くのですよ。
マンリーコはレオノーラを連れ出して去って行く。尼僧らは修道院の中に避難する。
理性を失い、心が怒りに満ちている!!
ルーナ伯爵の家臣
彼らは武装しています。どうか諦めて下さい。
追いかけようとするルーナ伯爵を家臣らが止める。
イル・トロヴァトーレ、オペラ:第3幕のあらすじ
第1場
ルーナ伯爵の野営地
大きな天幕がある野営地。その場所から、マンリーコのいるカステロール城が見える。多くの兵士たちが、武具を磨いたり思い思いに過ごしている。
ルーナ伯爵の家臣
兵士たちよ。明日にはカステロール城を攻め落とすことになる。準備をせよ。褒美はたくさんあるぞ。
兵士ら
進め、進軍ラッパよ。明日には城に我らの旗が翻るだろう。
天幕から出てきたルーナ伯爵は、忌々しげにカステロール城を見ている。
私の思い人は、恋敵の腕の中。今は苦しみに耐えなければ。明日にはふたりを引き離してやる。レオノーラ!
「あの人は恋敵の腕の中」In braccio al mio rival!
ルーナ伯爵の家臣
陣営近くをジプシーの女がうろついていました。
アズチェーナが連行されてくる。
助けてくれ。私は何も悪いことをしていない。
私の質問に答えろ。嘘をつけば容赦しない。
私はジプシー。自由に生きている。ビスカヤから山を下りて、息子を探しにやってきたんだ。
(ビスカヤだと?)
ルーナ伯爵の家臣
(その地名は!それに、あの女の顔は!!)
貧しい暮らしだよ。一人息子がいるから満足だよ。でも、息子が私を置いていったから、こうやって探しているんだ。
お前はビスカヤで長く過ごしたのか?覚えているか?伯爵の息子が城から誘拐され、その地へ連れ去られたのだが…
あんたは何者なんだい?
連れ去られた子の兄だ。何か、話を聞いていないか?
(ああ!!)
ルーナ伯爵の家臣
(やっぱり、あの女に違いない!!)ルーナ伯爵。この女が弟君を誘拐した者に違いありません。
お前の運命は決まった。(兵たちに)もっときつく縛り上げろ。
マンリーコ、お前は助けに来てくれないのか!母を助けに!
マンリーコの母親なのか!運命が我が手に戻ってきた。
恥知らずめ、縄を緩めておくれ。非道な親の邪悪な息子め。神は貧しき者の味方だ。
マンリーコはジプシーの息子だった。母親を痛めつければ、あいつは傷つくだろう。灰となった弟の復讐ができるのだ!
伯爵の指示で兵士たちはアズチェーナを連行し、ルーナ伯爵と家臣は天幕に戻っていく。
第2場
カステロール城・広間
広間の外では、武器の音や慌ただしく動いている兵士たちの気配がしている。広間は礼拝堂へ続いている。
危険が高まっている。明日の夜明けには、この城は攻撃されるだろう。だが、我々は勝利する。武力と勇気を持っているから。
私たちの結婚は暗い光に照らされているのね。
不吉な予感は捨てて下さい。愛しい人よ、こういうときこそ、崇高な愛があなたの心に語りかけるだろう。互いに伴侶にすることで、私はより強くなっていく。だが、もし死ぬとしても、思いはあなたのもとに向かうだろう。さあ、ふたりで祭壇へ向かおう。
マンリーコとレオノーラは手を取り、礼拝堂へ向かう。
マンリーコの部下
大変だ。バルコニーに来てくれ。ジプシー女が足かせをつけられている。すでに、火あぶり用の炎まで準備されています。
私の母だ。卑怯者め。今すぐ部下を集めてくれ。すぐに進軍するぞ。
あの処刑台の炎は、私の心に火をつけ、燃え立たせる。哀れな母さん、なんとしても急いで助けに行かなければ。
「見よ、恐ろしき炎を」Di quella pira
「見よ、恐ろしき炎を」Di quella pira|イル・トロヴァトーレ
部下たちは慌ただしく集結し、戦いに向かっていく。
イル・トロヴァトーレ、オペラ:第4幕のあらすじ
第1場
「アルハフェリア宮殿」塔が見える、城壁
真夜中、マンリーコが幽閉されている塔が見える城壁。レオノーラとマンリーコの部下が目立たぬようにしている。
マンリーコの部下
マンリーコはこの塔に幽閉されています。ここにいると、政治犯として収容された人々の声が聞こえるかも知れません。
私を置いて行って下さい。私の心配はしないで。
マンリーコの部下は立ち去る。
私には、この指輪のお守りがあるから。
レオノーラは思惑ありげに指輪を見る。
愛はバラ色の翼に乗って、哀れな囚人の心を慰めて。あの方に、愛の日々を甦らせておくれ。
「恋はバラ色の翼に乗って」D’amor sull’ali rosee
「恋はバラ色の翼に乗って」D’amor sull’ali rosee|イル・トロヴァトーレ
嘆きの声
憐れみたまえ。帰ることのない旅路が間近な者たちを。
「合唱・ミゼレーレ」Miserere
恐ろしい祈りの声が聞こえてくるわ。
(塔の中から、マンリーコの声)さようなら、レオノーラ。私を忘れないで欲しい。
あなたを忘れるなんて…
この世に私の愛ほど強いものはありません。私の死をもって、あなたを救いましょう。もしできなければ、あなたと共に死ぬことしか考えていません。
「この世に私の愛ほど」Tu vedrai che amore in terra
ルーナ伯爵と従者らが城壁に現れる。レオノーラは影に隠れる。
命令は聞いているな。夜は明けたら、マンリーコは打ち首。母親は、火あぶりにしろ。
従者らはマンリーコが幽閉されている塔の中に入っていく。
君主は私にこのことに関わる全ての権限を与えてくれたが、私は職権を乱用しているだろう。レオノーラのためにここまでするとは。私に取って災いの女だ。マンリーコを捕らえてから、彼女を探しているが見つからない。どこにいるのだろうか?
暗がりから進み出る、レオノーラ。
私はここにいます。私の涙をご覧ください。どうかマンリーコをお救いください。私を殺してかまいません。どうぞ殺して、私の亡骸を踏みつけてください。
「涙をご覧ください」Mira, di acerbe lagrime
お前があいつを愛すれば愛するほど、私の怒りは燃え上がるだけだ。
ルーナ伯爵が去ろうとすると、レオノーラはすがりつく。
私の身を差し上げます。一度、マンリーコと会わせてください。そして、彼を逃がしてください。そうすれば、私はあなたのものです。
これは私の夢なのか?誓ってくれるのならば、そのようにしよう。
ルーナ伯爵は、塔の近くいる衛兵に言づてに立ち去る。その隙に、レオノーラは指輪に仕込んだ毒を飲む。
(あなたは得るでしょう。私の亡骸を。彼は助かるでしょう。今は恐れることなく、最後の時を待とう。)
「彼は助かるでしょう」Vivrà! contende il giubilo
ルーナ伯爵がレオノーラのもとに戻る。
あの男は、命を長らえるだろう。(ああ、お前に「私のものだ」と何度も言って欲しい。まだ、信じられない。どうか私の疑いの心を晴らしてほしい。)
ルーナ伯爵とレオノーラは塔の中に入っていく。
第2場
宮殿内の牢獄
同じ牢獄に入っている、マンリーコとアズチェーナ。
母さん、眠らないのかい?
眠れなくて、お祈りをしているよ。あいつらは、私を火あぶりに連れて行く。お前の母さんを守ってくれ。火あぶり!火あぶり!
あの日、お前の祖母が処刑台へ連れて行かれた。恐ろしい炎。母の髪の毛は燃え上がる。ああ、誰があの恐ろしい光景から私を救ってくれるのか。
まだ息子を愛しているなら、どうかゆっくり眠ってくれ。
そうだね。私は疲れている。私たちの山に帰ろう。
アズチェーナは眠りに落ち、傍らにマンリーコがいる。レオノーラがやってくる。
神よ、薄明かりが私をだましてるのか?
私です。あなたは死にません。私はあなたを救いにきたのです。あの扉を通り、ここから去るのです。
だが、お前はどうする?
私はここに残ります。急いでください。あなたのお命が!!
私の命はどうでもいい。それよりも私の目を見ろ。それを得るのにどんな代償を払ったのだ。そうか、わかった。あの恋敵からだな。お前は私たちの愛を売ったのだ。
お気持ちを変えて、お逃げください。時を逃せば、天でさえあなたの命を救えません。
去れ。お前を憎む。呪ってやる!
レオノーラは倒れ、マンリーコは駆け寄る。
愛しい人よ、どうしたんだ?
私はもうすぐ死ぬでしょう。思っていたよりも毒が早く効いたのです。
なんていうことを!
他人のものとなって生きるより、あなたのために死ぬことを望んだのです。
異変に気がつき、ルーナ伯爵が駆けつける。
(私をだまし、あいつのために死ぬことを選んだのか?)
愚かな私。なぜ、お前を呪ったのか?
時が来ました。私は死にます。
レオノーラは息絶える。
この男を処刑台に連れて行け!
母さん、お別れだ!
マンリーコは眠っている母に声をかけ、連れて行かれる。アズチェーナが目覚める。
マンリーコ。私の息子はどこにいった?
死に向かっている。ここから見るがいい。
ルーナ伯爵はアズチェーナを牢の窓まで引きずっていく。
そんな。私の話を聞いてくれ!
息絶えた。
あの子は、お前の弟だったんだ!…敵がとれたよ。母さん。
アズチェーナは気絶する。
恐ろしい!…私はまだ生きている。