「愛の妙薬」は、およそ14日間で書き上げられたオペラです。当時、オペラは大衆に人気があり、たくさんの新しい作品が求められていました。初演の日時が決まっている中で、最初に依頼していた作曲家が間に合いそうになかったために、急遽、筆が速いドニゼッティが劇場からのオペラ制作依頼を引き受けました。初演は大成功で、ドニゼッティはオペラ作家として名声を高め、その後も「ランメルモールのルチア」など多くの作品を生み出していきます。
「愛の妙薬」は、貴族ゼロ、庶民たちのコメディなオペラです。とぼけたネモリーノと気の強いアディーナが「ニセの惚れ薬」によって「本物の愛」で結ばれます。
二つのポイントに注目!
ネモリーノはどうやら馬鹿らしい?
ネモリーノのため息
ひとつめは「主役のネモリーノが馬鹿なヤツ」と、他の登場人物たちに思われていること。ネモリーノの評判が「馬鹿」しかないのです。本人も自分のことを頭が悪いと思っています。
本人(ネモリーノ)…僕は頭が悪い。誰か僕の頭を良くしてくれ。
アディーナ…頭のおかしい人がいると思ったら、あれはネモリーノだわ。
ネモリーノの恋敵…突然笑い出して、あいつはバカなのか?
インチキ薬売り…多くの国を訪れたが、ここまでのバカに会ったことがない。
村の人々…バカすぎる。美人で賢いアディーナとは釣り合わない。
他のオペラ作品でも、ここまで馬鹿と言われている人物は滅多にいません。もうひとつは、「ネモリーノのため息」をつく癖。アリアや台詞で言及されます。
愛の妙薬、オペラ:人物相関図
愛の妙薬、オペラ:登場人物
アディーナ | 農園の娘 | ソプラノ |
ネモリーノ | 農民 | テノール |
ドゥルカマーラ | インチキ薬売り | バス |
ベルコーレ | 軍曹 | バリトン |
ジャンネッタ | アディーナの友人 | ソプラノ |
- 原題:L’elisir d’amore
- 言語:イタリア語
- 作曲:ガエターノ・ドニゼッティ
- 台本:フェリーチェ・ロマーニ
- 原作:台本ユジェーヌ・スクリーブ、作曲オペールのオペラ「惚れ薬」
- 初演:1832年5月12日 ミラノ カノビアーナ劇場
- 上演時間:1時間55分(第1幕65分 第2幕50分)
愛の妙薬、オペラ:簡単なあらすじ
農夫のネモリーノは、裕福な地主のアディーナに恋している。彼女は彼に新しい恋をするように言う。村に連隊がやってくる。ネモリーノは軍曹のベルコーレがアディーナに接近していることに焦る。
同じ頃、旅回りの薬師ドゥルカマーラが町に来ていた。ネモリーノは彼から「惚れ薬」(ワイン)を買う。惚れ薬を信じているネモリーノは、いつもと様子が違う。そんな彼に戸惑うアディーナ。
アディーナは彼への愛を認め、ネモリーノと恋人になる。
愛の妙薬、オペラ:第1幕のあらすじ
第1場
農園の広場
農園主の娘、アディーナが本を読み、その周りを囲むように農民たちがくつろいでいる。その様子を遠くから見ている、農夫のネモリーノ。
(かわいいアディーナ!本を読む、知的な女性だ。僕は相変わらず頭が悪くて、ため息をつくしかできない。)
「なんと彼女は美しい」Quanto è bella, quanto è cara
「なんと彼女は美しい」Quanto è bella, quanto è cara|愛の妙薬
本を読んでいるアディーナが笑い声を上げる。農民たちはアディーナの話に興味津々。
ああ、笑っちゃうわ。なんて馬鹿みたいなの。このお話は。
美女イゾルデに恋をした、トリスタンのお話よ。イゾルデは彼に興味がなかったけれど、トリスタンはある魔法使いに「愛の妙薬」をもらったの。彼がその薬を飲むと、イゾルデはすぐに彼に優しくなり、恋人になったそうよ。
「冷たいイゾルデに」Della crudele Isotta
広場に太鼓の音が鳴り響き、軍曹のベルコーレが兵士たちを引き連れてやってきた。ベルコーレはアディーナに花束を渡して挨拶する。その様子をネモリーノが見ている。
軍曹・ベルコーレ
素敵な村娘さん。ギリシャ神話の英雄パリスが、一番の美女にりんごを与えたように、花束を渡そう。英雄よりも誇らしく幸福な私は、あなたの愛を得るでしょう。
「昔、美しいパリスが恋したように」Come Paride vezzoso
パリスの審判のこと。「黄金の林檎」に「一番美しい女神へ」と書かれたために、三美神の間に騒動が起こった。問題を解決するためにゼウスは、トロイア王の息子パリスに三美神の中から美しい女神を選ばせた。
(農民たちにこっそり)あら、彼って、謙虚なのね。(皮肉)
軍曹・ベルコーレ
ああ、私はもうあなたの心を捕らえてしまったようですね!
女の扱いが上手で、地位も名誉もある軍曹ですから。
愛の女神ウェヌス(アフロディーテ・ヴィーナス)も軍神マルスの魅力にはあらがえなかったのですから当然ですね。
あなたは私を愛しているし、私もあなたを愛している。さあ、結婚しましょう。
私と結婚するのは簡単ではないわよ。
アディーナのことをよく知っている農民たちは、アディーナがこれまで数多くの男性を振ったので、今回も結婚することはないだろうと思っている。農民たちとは違い、アディーナに夢中のネモリーノは、二人の様子を見て絶望している。
(彼女が結婚を受け入れたら、僕は終わりだ!)
軍曹・ベルコーレ
そうだ。しばらく、農園の広場を貸していただけますか。兵士たちを休ませたいのです。
もちろんいいですよ。さあ、農民の皆さん、働く時間ですよ!
農民たち、ベルコーレ、兵士たちが去り、広場に残ったのは、アディーナとネモリーノ。ネモリーノがアディーナに「一言だけ話したい」と声を掛ける。
ネモリーノ、あなたのため息が鬱陶しいわ。お金持ちの伯父さんが重病だそうね。お見舞いにでも行ったら?あなたが相続できるんでしょ。
そんなことはどうでもいい。君が好きなんだ。
あなたはいい人だけど、好意に応じるつもりはないわ。
なんでそんなことを言うの?
いい質問ね。そよ風に聞いてご覧なさい。なぜバラに百合、小川へと飛んでいくのか。風は動き回り、気まぐれなのが本質だからと言うわよ。
私を諦めなさい。
「優しいそよ風にお聞きなさい」Chiedi all’aura lusinghiera
僕は諦めないぞ。
小川に聞いてくれ。なぜうめき声をあげて海へ向かうのか。小川は説明できない力に引き寄せられるからと言うだろう。
「優しいそよ風にお聞きなさい」Chiedi all’aura lusinghiera|愛の妙薬
第2場
村の広場
村の広場には、近くに居酒屋がある。村人たちが集まって「金の馬車に乗った、紳士がやってきたらしい」と話題になっている。
ちょうど、金色の馬車に乗った、インチキ薬売りのドゥルカマーラが書類や瓶を抱えてやってきた。彼の後ろでは使用人がラッパを吹いている。
やあ、皆さん。私は偉大で博識な医師のドゥルカマーラだ。皆さんに特別にお安く、万能薬をお売りしよう!
「村の皆様、お聞きあれ」Udite, udite o rustici
「村の皆様、お聞きあれ」Udite, udite o rustici|愛の妙薬
(神が僕のためにこの人を送ってくれたんだ。)秘薬をお持ちなのですよね。イゾルデの愛の妙薬をお持ちで?
はあ?なんですって?!
つまり、愛を呼び起こす不思議な薬で…
ああ!なんのことか、わかったぞ。私は毎日世界中に売っていますよ。こちらのリキュールです。(多くの国を回ったが、ここまでの馬鹿に出会ったことはない。)
こちらの薬はどうやって飲めばいいのですか?
慎重に飲んでください。効果が出るには、丸一日かかります。(逃げるのにこれくらい時間があれば、大丈夫だろう。)
ネモリーノは、愛の妙薬を手に入れて喜び、ドゥルカマーラは、広場から見える居酒屋に入っていく。
この妙薬は僕のものだ!さあ、飲むぞ。うまい!血管が燃えたぎるようだ。彼女もきっと同じようになっているに違いない。そして、僕に恋するだろう。
「この妙薬は僕のものだ!」Caro elisir! sei mio!
村の広場で、陽気に鼻歌を歌っているネモリーノ。その場を通りがかったアディーナは、いつもため息をついていたネモリーノが陽気なので不審がる。
(頭のおかしい人がいる。と思ったらあれは、ネモリーノ?)ネモリーノ。恋を忘れろという私の忠告を実行しているようね。
そうだよ。恋の苦しみを忘れるようにね。あと一日で。(野蛮な女は、僕の苦しみを楽しむがいいさ。明日になれば、彼女は僕を愛するんだ。)
(馬鹿男!私への恋心を簡単に忘れられるかしら。)
そこに、機嫌の良さそうなベルコーレが通りかかる。
軍曹・ベルコーレ
(戦争でも、恋でも、包囲するのは退屈で疲れるな。)そろそろ、私の結婚の申し出を受ける気になりましたか?
(いやな奴が来たな。)
そうね。(ネモリーノを見る)6日後なら。
6日後と聞いて、ネモリーノは急に笑い始める。アディーナとベルコーレは不審がる。そこにベルコーレに伝令が入り、明日にはこの町を去らなければならなくなった。それならばと、ベルコーレとアディーナは「今日」結婚することが決まった。
ダメだ!今日じゃなくて、明日の朝、結婚してくれ。
アディーナ、信じてくれ。もし今日に結婚してしまうと、明日になったら、君が苦しむことになるから。
「信じてくれ、アディーナ」Adina, credimi
軍曹・ベルコーレ
なんだこいつ、変なやつだな。
かわいそうな子なの、許してあげて。彼は私を愛するあまり、私がネモリーノを愛するに違いないと思い込んでいるのよ。
村人たち
ネモリーノはバカすぎる。軍曹に勝てるわけがないのに。ネモリーノに美人で賢いアディーナは釣り合わない。
なんで今日結婚したらダメなのか、アディーナ、ベルコーレ、その場にいた村人たちが不審がる。公証人を呼ぶことが決まり、結婚を祝うための宴会が開かれることになった。
助けてくれ!!ドゥルカマーラ!!
アディーナとベルコーレは手をつないで立ち去り、パニックになったネモリーノを周囲の人は驚きの目で見ている。
愛の妙薬、オペラ:第2幕のあらすじ
第1場
農園の建物の中
楽団が演奏をし、テーブルにはたくさんの食事。村人たちがアディーナとベルコーレの結婚を祝う。
祝いの場にぴったりな歌を歌いましょう。花嫁さん、私の後に続いて歌ってくださいね。
役人と女船頭の舟歌だ。私は金があり、あなたは美人。私はどうしたら、あなたの愛を得られるでしょうか。
「舟歌」Io son ricco, e tu sei bella
ありがとう。でも、私はゴンドラの女船頭。同じ身分の男と結婚したいのです。そして、すでに愛している男がいます。
村人たちが大喜びで歌を聞いていると、結婚のための公証人がやってきた。
(公証人が来たのに、ネモリーノが来ないなんて!あいつの悔しがるところが見たいのに!)
結婚祝いの会場で、ドゥルカマーラがテーブルに着いて食事をしていると、その近くでネモリーノが遠くにいるアディーナを見ている。
今すぐにでも、アディーナに愛されないといけないのに。
「愛の妙薬」の効果を早めたいなら、もう一本飲むのだ。(30分後に出発しよう。)
でも、もうお金がない!!
仕方がないな。これから村の広場の居酒屋に行くから、金の用意が出来たらおいで。
同じ結婚会場で、「ああ、お金がない」とネモリーノがうめいていると、ベルコーレが近くを通りかかる。
軍曹・ベルコーレ
(あの馬鹿は何をしているんだ?)なぜそんなに悩んでいるのか?
(恋敵め!)お金がないのでね。
軍曹・ベルコーレ
それなら、連隊に入ればいい。すぐに金が手に入るし、駐屯地では女が寄ってくるよ。
20スクード!決めた。お金を用意して。
軍曹・ベルコーレ
わかった。これにサインしろ。すぐに立派な伍長になれるさ。
ネモリーノは連隊に入ることにする。契約書を書き、お金をもらう。
第2場
村の広場
その頃、村娘たちの間で噂が持ちきりになる。「ネモリーノの伯父さんが亡くなって、村一番の金持ちになった」と。
不思議な薬を飲んだぞ。たくさんの美女にモテるんだ!
「愛の妙薬」(安ワイン)を飲んで酔っ払ったネモリーノを、村娘たちは取り囲む。モテモテ状態。
そこに通りかかった、アディーナとドゥルカマーラ。なぜネモリーノがモテているのか、不思議がる。アディーナがネモリーノと話そうとするが、村娘たちに連れられて踊りに行ってしまう。
踊りに行ってしまった!いったい何なのよ!
私が作ったイゾルデの「愛の妙薬」の力ですよ!ネモリーノは、ある女の愛を手に入れるために、連隊に入り、お金を用意しました。
なんという愛でしょう!兵になってお金を作るなんて!
ドゥルカマーラがアディーナに「愛の妙薬」を売ろうとするが、断られる。
「愛の妙薬」を飲めば、貴族の愛が手に入れられるのに。お金もね。
貴族からの愛やお金はいらないの。ネモリーノの愛だけでいい!
(彼女は利口だな。私を上回る賢さだ。)
村の広場で、ネモリーノはひとりでいる。
さっきのアディーナの目には涙が浮かんでいた。きっと他の女の子たちに嫉妬したに違いない。ほんのひとときでも、僕のため息とアディーナのため息が一緒になれば、他に何もいらない。
「人知れぬ涙」Una furtiva lagrima
「人知れぬ涙」Una furtiva lagrima|愛の妙薬
アディーナがネモリーノを見つけてやって来る。
なぜ兵士になろうとしたの?契約書を買い戻してきたわ。受け取りなさい。私のおかげであなたは自由よ。故郷を離れるなんてやめなさい。みんなあなたを愛しているわ。
君が僕のために!(彼女が心を開くぞ。)
ずっとこの町で暮らしなさい。じゃあね。
アディーナはその場を去ろうとする。
待って!僕に言いたいことは何もないの?君に愛されていないのなら、契約書は受け取らない。僕は連隊に入る。
あなたに辛い思いをさせたけど、今はあなたが好きよ。
村の広場に、幸せなネモリーノとアディーナ、ベルコーレや兵士たち、村人ら、ドゥルカマーラが集まっている。ベルコーレは、アディーナとネモリーノが恋人になったのに気がつく。
軍曹・ベルコーレ
仕方がない。女はこの世にたくさんいる。
皆さんにお伝えしたいことが。ネモリーノは村一番の金持ちになりました。彼の伯父さんが亡くなったことによってね。
村娘たちは「私たちは知っていたわ。」と声を上げる。
この「愛の妙薬」は、恋を叶えて、お金持ちにしたんだ。どんな欠点も直してしまう薬なのだ。村人の皆さん、これを飲んで健康と若さを手に入れてください。
「どんな欠点も直す薬」Ei corregge ogni difetto
村人たちが欲しがり、次々と売れていく。「愛の妙薬」を売り終わった後、ドゥルカマーラは金色の馬車に乗り込み去って行く。
軍曹・ベルコーレ
インチキ薬売りは早くどこかに行け。
合唱
さようなら、偉大なドゥルカマーラ!また私たちのもとに早く帰ってきて。
ネモリーノ、アディーナ、村人たちが手を振り、笑顔で送り出す。