オペラ「ホフマン物語」は、オペレッタ「天国と地獄(地獄のオルフェ)」で有名なオッフェンバックが残した作品です。オッフェンバックが最晩年に書き始め、未完で終わっているため、様々な版があります。詩人のホフマンが、酒場で自分の3つの恋を語るという、オムニバス方式(一つの作品に、3つの短編)のオペラです。ホフマンには、芸術の女神ミューズが取り付いていて、ホフマンの恋の行方を見守ります。オペラの人物ホフマンは、E.T.A.ホフマンのことです。バレエの「くるみ割り人形」などの原作者で知られる人物です。オペラの中でホフマンが話す恋物語は、E.T.A.ホフマンの複雑怪奇な小説を原作としています。
ホフマン物語、オペラ:人物相関図
ホフマン物語、オペラ:登場人物
ホフマン | 詩人 | テノール |
ニクラウス・ミューズ | ホフマンの親友・女神 | メゾソプラノ |
ステラ | 劇場のプリマドンナ | ソプラノ |
オランピア | からくり人形 | ソプラノ |
アントニア | 歌手志望の若い娘 | ソプラノ |
ジュリエッタ | 高級娼婦 | ソプラノ |
リンドルフ | 上院議員 | バリトン |
コッペリウス | 人形作り師 | バリトン |
ミラクル博士 | あやしい医者 | バリトン |
ダペルトゥット | 魔術師 | バリトン |
スパランザーニ | 科学者 | テノール |
クレスペル | アントニアの父 | バス |
シュレーミル | ジュリエッタの元恋人(影のない男) | バス |
ステラ、オランピア、アントニア、ジュリエッタを一人のソプラノが、上院議員、人形作り師、怪しい医者、魔術師は、一人のバリトンが演じることがあります。
- 原題:Les Contes d’Hoffmann
- 言語:フランス語
- 作曲:ジャック・オッフェンバック
- 台本:ジュール・バルビエ
- 原作:E.T.A.ホフマンの小説
- 初演:1881年2月10日 パリ オペラ・コミック座
- 上演時間:2時間50分(第1幕30分 第2幕35分 第3幕35分 第4幕45分 第5幕25分)
オッフェンバックはドイツ生まれのユダヤ人ですが、フランスに帰化したので、フランス語で作品を書いています。
ホフマン物語、オペラ:簡単なあらすじ
ホフマンは、昔の恋人ステラとの道か、芸術の女神ミューズとの道か、岐路に立たされる。ミューズはホフマンの友人ニクラウス(女神から男)に変身し、彼を見守る。
ホフマンは、機械仕掛けの女、歌手志望の女、高級娼婦の3人の女性との恋愛を語るが、その3人はいずれも昔の恋人ステラであった。
ホフマンに会いに来たステラは、酔いつぶれたホフマンを見て立ち去る。ホフマンは詩人としての道を歩む。
ホフマン物語、オペラ:解説
- ドイツ・ニュルンベルク:酒場
- イタリア・ローマ:からくり人形との恋
- ドイツ・ミュンヘン:歌手志望の娘との恋
- イタリア・ヴェネツィア:高級娼婦との恋
ホフマン物語、オペラ:第1幕のあらすじ
前奏曲
ドイツ・ニュルンベルク、酒場
夜、酒瓶や酒樽のある酒場。大きな酒樽からミューズが出てくる。
詩人で音楽家の偉大な友、ホフマンは、水を飲まずに酒を飲みます。私は毎晩ここで酒を飲むホフマンを見守ってきました。
隣の劇場で、ホフマンの元恋人ステラが舞台に立っています。運命の時が来たわ。ホフマンは、ステラかミューズの私か、選択しなければならない!
ことの成り行きを見守るため、ミューズからホフマンの友ニクラウスの姿に変身しましょう。
ニクラウスに変身したミューズは、扉の影に隠れる。酒場にやってきた上院議員。彼はステラの召使いから、金を渡してホフマンへの手紙を奪い取る。ニクラウスは酒場を出て行く。
上院議員(リンドルフ)
ステラは昔の恋人を訪ねてきたと聞いていたが、相手はあの才能のあるホフマンだったとは。彼女はホフマンへ手紙まで書いている。
ステラからホフマンへの手紙「あなたを愛しています。あなたを苦しめたことを許してくれるのなら、この鍵で私の部屋に来て下さい。」
思い悩む恋人役をするには、私は哀れで下手な役者だと知っている。だが、老いてはいても、負けないぞ!
酒場の店員が大慌てで入ってくる。
酒場の人
さあ、オペラの幕間だぞ。ホフマンと馬鹿騒ぎが好きな若い連中がやってくるぞ。酒の準備だ。
作品中に出てくるオペラは、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」で、ステラは「ドンナ・アンナ」を演じていることになっています。
陽気な学生たちが、酒場に入って次々と注文していく。
学生たち
こっちにビールを、こっちにワインを。たっぷりと注いでくれ。劇場で歌うステラは素晴らしいな。ステラに乾杯だ!!おい、ホフマンはどこにいる?来たぞ!ホフマンが!
ホフマンとニクラウスが酒場に姿を現す。上院議員はホフマンを見ている。
(暗い様子で)やあ、皆さん。椅子、グラス、パイプ。
(茶化すように)ご主人様、私も同じように、椅子に座り、酒を飲み、煙草を楽しみたいのですが。
ホフマンは席についても、頭を抱えて憂鬱そうにしている。
学生たち
どうした?何か悪いものにでもあたったのか?
今晩、劇場で再び会った…古い傷が…いや、人生は短い。さあ、飲んで歌って騒ぐぞ。クラインザックの物語を歌おう。
昔々、宮廷にクラインザックという男がおりました。クリッククラックと音が鳴る足に、クリッククラックと鳴る頭。彼の顔立ちは、顔立ちは…
彼女は、素敵な顔立ちだった。昔のように彼女を見た。かつて彼女を追って、森を抜け追いかけた。彼女の優しい声は、今でも僕の心に響いている。
「昔アイゼナックの宮廷に(クラインザックの伝説)」Il était une fois à la cour d’Eisenach
学生たち
誰のことを言っているの?クラインザックのこと?
いいや、何でもない。酒を飲み過ぎただけ!
ホフマンは学生たちとさらに酒を飲む。
学生たち
変だぞ。ホフマンは恋をしているのか?
やめてくれよ。もし僕がそうなってしまったら、悪魔が私を連れて行ってくれるだろうよ。
上院議員(リンドルフ)
不謹慎なことを誓ってはいけませんよ。
悪魔の話をすると悪魔の角に会うっていうのか?悪魔は、どうやってここに入ってくる?
上院議員(リンドルフ)
扉からですよ。酔っ払いのあなたと同じようにね。
酔っ払った学生たちは恋の話を始める。
学生たち
ホフマン、お前の恋人はさぞや宝物のようなんだろうな。
僕の恋人だって?(ステラだよ。一人の女の中に3人の女を宿しているのさ。芸術家、若い女、高級娼婦!)
恋人なんていないさ!過去に3人の恋人ならいたよ。みんなは狂気の愛の物語を聞きたいか?
学生たちはホフマンの恋物語を聞きたいと盛り上がる。上院議員もその場に残ることにした。
酒場の人
皆さん、オペラの幕が上がりますよ。
かまわずに酒場に残る人々。ホフマンが昔の恋愛を話し始める。
最初の女は、オランピア。
ホフマン物語、オペラ:第2幕のあらすじ
イタリア・ローマ、科学者の応接間
豪華な家具や調度品が置いてある、科学者の部屋。
科学者
倒産した会社の手形がある。金を取り戻したいが…何かアイデアはないかな。おや、ホフマン。よく来たね!
早く来てしまったようですね。
科学者
謙遜はダメだぞ。君は詩人であり、音楽家でもある。そして、科学でも優秀だ。そうだ。私の娘オランピアを紹介しよう。(急に厳かになって)科学がすべてだよ。オランピアは高くついた。
(科学と娘に何の関係があるんだろう?)
科学者は部屋を出ていく。ホフマンはオランピアの部屋を覗きこむ。
彼女だ。オランピアは本当に美しいな。
ホフマンがオランピアを見ていると、ニクラウスが現れる。
ホフマン!ここにいると思ったよ。オランピアのことをよく知らないのに、愛の告白をするなんて早まった真似をするな。手紙を書け!話しかけろ!相手のことをよく知るんだ!
いいや、そんなことしなくていい。
ニクラウスが呆れて立ち去ろうとすると、人形作り師がやって来てニクラウスに声を掛ける。
人形作り師(コッペリウス)
あの男は、オランピアを見ているのか?彼と話したい。
彼はオランピアに夢中で何も聞こえてないよ。話が出来るようになるには、こうするしかない!
ニクラウスがホフマンの肩を強く叩く。
何か用事があるのか?
人形作り師(コッペリウス)
特別な眼鏡を見せよう。全てものを輝かせることの出来る魔法の眼鏡だ。私は本物の目玉を持っている。この目玉があれば、君の見たいものを見ることができるぞ。さあ、手に取りなさい。
「私は目玉を持っている」J’ai des yeux
ホフマンは半信半疑で眼鏡を掛ける。
オランピアに美しい光が!天使だ。
しっかりしろ!ホフマン。
人形作り師に金を払い、ホフマンは魔法の眼鏡を手に入れる。これ以降、ホフマンは魔法の眼鏡を掛けている。
科学者と人形作り師の密談。
科学者
オランピアの全ての権利を私に渡してくれれば、手形をやろう。
人形作り師(コッペリウス)
取引成立だ。ところで、いい考えがある。オランピアを結婚させよう。頭のおかしな若者(ホフマン)がお前に結婚の申し出をしてこなかったか?
科学者
ああ!それはいい考えだ。
科学者と人形作り師は握手する。その場に来たホフマンは話がわからず、戸惑う。
科学者の応接間に集まった、招待客たち。科学者がオランピアを連れて入ってくる。
科学者
皆さんに私の娘を紹介しましょう。歌を披露しますよ。
科学者の召使いが楽器を用意して、オランピアが歌う。
並木の鳥たちやお日様が若い娘に声をかける。若い娘に。この可愛い歌は、オランピアの歌よ。心を高鳴らせ、切なさを歌う。この可愛い歌は、オランピアの歌よ。
「生け垣に小鳥たちが」Les oiseaux dans la charmille
オランピア、少しお話を。
科学者
うちの娘は疲れているので、後にして下さい。(いや、ホフマンを試してみよう。)娘を少しエスコートしてくれないか。
ホフマンとオランピアを残して、招待客らが部屋を出て行く。
やっとふたりきりになれたね。魅惑的な瞳で僕を見てくれ。
ホフマンはオランピアの肩に触れる。
ええ!ええ!
なんて素直な返事。僕を愛してくれているんだね。
ホフマンが情熱的に手を握ると、オランピアは壊れたように部屋を動き回る。オランピアについて回るホフマン。部屋に入ってきた、ニクラウスが呆れる。
お前の愛しい人は、招待客になんと言われているか知っているか。死んでいるか、生きていないとさ。向こうではみんな踊っている。彼女と一緒に踊れば、彼女が生きているのか、お前にもわかるさ。
彼女を笑うなんて、招待客は愚か者だ。
とりあえず踊るんだな。行こう。
ホフマンとニクラウスが部屋を出て行く。入れ替わりに怒った人形作り師が部屋に入る。
人形作り師(コッペリウス)
科学者に騙された!あいつが渡した手形は、金にならない紙くずだった。覚えてろよ!
人形作り師は隣の部屋に隠れ、招待客らが部屋に戻ってくる。
科学者
オランピア。さあ、ホフマンと踊ってやれ。
ホフマンとオランピアはワルツを踊り始めるが、次第に踊りが早くなっていく。
大変だ。ホフマンが大けがをするぞ!
ニクラウスが踊りを止めようとするが止まらない。科学者がオランピアに飛びついて、踊りを止める。ホフマンは長いすに倒れて気絶。オランピアは科学者の召使いに付き添われて部屋を出て行く。
科学者
眼鏡が壊れただけで、ホフマンは無事だ。
ホフマンは目を覚ますが、部屋の外で何かか壊れる大きな音が聞こえてくる。
人形作り師(コッペリウス)
復讐だ。人形を壊してやる!
人形作り師と科学者が罵りあう。壊れたオランピアを見て、ショックを受けるホフマン。
彼女はからくり人形だったのか。
ホフマン物語、オペラ:第3幕のあらすじ
ドイツ・ミュンヘン、歌手志望の娘・アントニアの家
日没後、薄暗く不可思議な雰囲気の部屋。壁にはヴァイオリン、中央にチェンバロ(グランドピアノのような形の鍵盤楽器)が置いてある。部屋には、アントニアの母の大きな肖像画が飾ってある。一人で歌を歌うアントニア。
雉鳩は逃げた。あなたから遠くへ。でも、あなたへの誓いは守っているわ。愛する人よ、私の心はあなたのもの。
「逃げていった雉鳩は」Elle a fui, la tourterelle!
アントニアの父が部屋に入る。
アントニアの父
娘よ、二度と歌わないと約束したじゃないか。
(女性の肖像画を見て)歌いながら、母の姿が甦ったの。まるで母の声が聞こえるようでした。
アントニアの父
お前の母の声を思い出すからやめてくれ。
(ホフマンが娘に歌を歌う陶酔を教えたんだ。彼から娘を引き離そうと、ミュンヘンに引っ越したのに。)
使用人よ、私は出かける!お前は耳が遠くて心配だが、娘の部屋に誰も入れないように!
アントニアの父は部屋を出て行く。
耳の遠い使用人
昼も夜も努力している。それなのに旦那様はいつも怒っている。
ホフマンとニクラウスが訪問。ホフマンが使用人に声を掛ける。
(大声)アントニアに会わせろ!
耳の遠い使用人
(大声)いいですよ。旦那様も訪問を喜ぶでしょう!
使用人が去り、残るホフマンとニクラウス。
やっと分かる。彼女が何も言わずに遠くに去った理由を。
からくり人形に恋をして大変な目にあったが、今回も大丈夫か?アントニアは芸術家だ。だから、彼女の心は風変わりだ。(壁にあるヴァイオリンを手に取り)見たまえ、わななく弓の下で。この楽器のように、彼女は風変わり。
歌うニクラウスを無視しして、ホフマンはチェンバロを鳴らして歌う。
彼女はもうすぐ来る!アントニアのために詩を作ったんだ。「これは恋の歌。遠くに飛び去る…」
「飛び去る愛の歌」C’est une chanson d’amour
「これは恋の歌。遠くに…」アントニアが亡くなるときに、この歌を歌う。
ホフマン!
二人は抱き合って再会を喜ぶ。ニクラウスは部屋を出て行く。
なぜ君は突然去ったんだ?君の父親が僕から君を引き離したのか?
私とあなたを結びつけたのは、私の父ですよ。
愛し合っているのだから、明日には夫婦になろう。
明日にはあなたは私の夫。大変。父が来るわ。隣の部屋に行きましょう。
(ここに残って、彼女が突然去った謎を解かなければ。)
アントニアは隣の部屋に行き、ホフマンは部屋の片隅に隠れる。部屋にアントニアの父が入ってきた。
アントニアの父
誰も部屋に入っていないな。ホフマンがここにいたような気がしたが。
耳の遠い使用人
旦那様、医者が来ましたよ。
アントニアの父
とんでもない。あいつは医者ではない。妻だけでなく、娘の命まで取ろうと狙っている男だ。追い払ってしまえ。
怪しい医者が突然現れ、使用人は逃げ出す。
怪しい医者(ミラクル博士)
娘さんを私に診せなさい。あの子が母親から受け継いだ病を私が治してやろう。彼女の所に案内しろ。
アントニアの父
お前が妻の命を奪い取ったんだ。娘には絶対近づけない。
怪しい医者(ミラクル博士)
娘さんを直接見なくても、私は診察できるんだ。なになに、脈が早い。お嬢さん、歌を歌いなさい。お気の毒に、瀕死の状態だ。もし娘さんを救いたいなら、この小瓶を飲ませるのです。
透明人間を相手に診察する医者。その様子をみて、ホフマンは驚く。
(アントニアを死から救わないと。悪魔よ、立ち去ってくれ。)
アントニアの父
娘は絶対に歌わせない!娘を死なせてなるものか!そんな小瓶もいらない。悪魔よ、立ち去れ!
アントニアの父が怪しい医者を扉から追い出す。なぜか壁を通り抜け、また医者が入ってくる。
怪しい医者(ミラクル博士)
この小瓶が必要でしょう…
アントニアの父は、医者を必死に追い払い、ふたりは部屋から出ていく。残ったホフマン。
アントニア!彼女がもう歌えないなんて。この犠牲を彼女は受け入れてくれるだろうか?
アントニアが隣の部屋から出てくる。
私の父はなんと言っていましたか?
落ち着いて聞いてくれ。歌手になる夢を諦めてくれ。新しい人生をふたりで歩いて行こう。
…いいわ。受け入れるわ。
明日また会いに来るよ。
ホフマンは帰る。
ホフマンは父の味方になってしまったのね。でも、涙は流さない。彼と約束したもの。もう歌わないわ。
アントニアの背後に現れる、怪しい医者。耳元でささやく。
怪しい医者(ミラクル博士)
もう歌わないのか?美しさと才能を持つお前は、その力を埋もれさせるのか?才能は、お前にどのような幸せをもたらすはずだったのか?舞台照明の下、観客の熱い視線、喝采が聞こえないのか?
「三重唱」Tu ne chanteras plus?
どこかへ去って。悪魔め!愛する人と約束したのよ。歌わないわ。でも、誘惑に負けそう。誰が私を救ってくれるの?
(壁にかかった母親の肖像画を見て)お母さん。
怪しい医者(ミラクル博士)
お前の母だと?私の声を通して話しているのは、お前の母なのだぞ。
肖像画
アントニア!愛しい子。よく聞きなさい。歌い続けなさい、我が娘よ!
アントニアの父が慌てて部屋に入ってくる。
お父さん、お母さんが戻ってきたわ。私を呼んでいるの。「これは恋の歌。遠くに飛び去る…」
「これは恋の歌。遠くに…」ホフマンが作った歌
アントニアは歌い、亡くなる。
アントニアの父
これはホフマンのせいに違いない。
ホフマンとニクラウスが訪問。アントニアの父がホフマンに刃物を持って襲いかかろうとする。ニクラウスが止める。
気の毒な人だ。
アントニア、大丈夫か?誰か医者を!
どこからともなく医者が現れる。
怪しい医者(ミラクル博士)
来ましたよ。彼女はすでに亡くなっている。
ホフマン物語、オペラ:第4幕のあらすじ
イタリア・ヴェネツィア、運河に面した邸宅
夜、運河にゴンドラが浮かぶ邸宅。ホフマンは椅子に座って運河を見ている。ゴンドラの中に、ニクラウスと高級娼婦のジュリエッタ。
美しい夜、恋の夜。
「ホフマンの舟歌」Barcarolle
時は過ぎ去り、二度と戻らない。
ニクラウスとジュリエッタが歌う、夜のヴェネツィアにぴったりな二重唱。
二人のゴンドラが戻ってきた。
ホフマンは酒好きで、あなたに敬意を払っていますよ。
彼はお酒好きなのね。私の女の子たちをホフマンに紹介するわ。
ホフマンは婚約者を失ったばかりだからね。恋には興味がないよ。
それでは彼の求めるものは何?
ニクラウスとジュリエッタの会話に入ってきたホフマン。
賭け事に勝つことですよ。さあ、みんなで酒を飲み、賭けをしよう。欲望に心を燃やせ。愛を楽しもう。愛に悩むやつは地獄に落ちろ。束の間の天国を楽しむのだ。
「欲望に心を燃やせ 」Que d’un brûlant désir
ホフマンと客たちが盛り上がっていると、邸宅に不機嫌そうな男が入ってきた。
影をなくした男
君は恋人がいないかのように振る舞うのがうまいな。
高級娼婦としての仕事がありますからね。
ジュリエッタは使用人を呼ぶ。
(小声で)あの方(悪魔)はどこにいるの?
使用人
もうすぐいらっしゃいます。
さあ、皆さん。賭け事をしましょうよ。楽しく遊びましょう。
ホフマンがジュリエッタに手を差し伸べると、影のない男が邪魔に入り彼女の手を取り、中に入っていく。
手持ちの金がないのに、どうやって賭けで遊ぶんだ?
なんとかなるさ。賭け事に勝てばいい。悪魔にだって勝ってやる。
ふたりにゴンドラから声が掛かる。
悪魔(ダペルトゥット)
ホフマンさん、ジュリエッタが屋敷であなたをお待ちですよ。さあ、中に入るのです。
なぜ、私の名前をご存じなのですか?
悪魔(ダペルトゥット)
私はジュリエッタと古くからつきあいがあるのでね。
ホフマンとニクラウスは、屋敷に入る。
悪魔(ダペルトゥット)
あの影のない男をくたばらせたいんだ。それには、ホフマンとあの男を決闘させねばならなない。さあ、ジュリエッタ。うまくホフマンを誘惑してくれ。
回れ、鏡よ、ヒバリはそれに引っかかる。輝け、ダイヤモンド。ヒバリはそれに魅了される。女もヒバリも甘い誘惑には勝てないのだ。
「回れ回れ鏡よ」Tourne, tourne, miroir
屋敷から、悪魔のいるゴンドラにジュリエッタと使用人が戻ってくる。悪魔は彼女に指輪をはめる。
あなたのしもべに、何をお望みなのかしら?
悪魔(ダペルトゥット)
話が早いな。今回はホフマンの鏡像(鏡に映った姿)が欲しくなった。お前には難しいかもしれない。ホフマンはお前を気にしていない様子だったからな。
そんなことないわ!でも、邪魔が入るわ。
悪魔(ダペルトゥット)
影をなくした男は、用済みだ。すでにあいつの魂は手に入れているのだからな。それよりも、ホフマンの鏡像(鏡に映った姿)が欲しい。お前が誘惑すれば、ホフマンは自ら、自分の鏡像をお前に渡すだろうさ。
いいわ。うまくやる。
ジュリエッタは屋敷に入っていく。
屋敷の中の賭博場
華やかな賭博場。着飾った男女、ホフマンらが賭け事をしている。その場を盛り上げるため、ジュリエッタと高級娼婦の娘たちが歌を歌う。ジュリエッタはホフマンに近づく。
女神のお気に入りになると、幸運が舞い込むわ。
いいぞ。
ジュリエッタがささやくが、ホフマンは賭け事に夢中で気がつかない。
ホフマン、勝ったわ!幸運の女神に乾杯ね。
影をなくした男
いいや、売春婦の女神だろ!
ホフマンはニクラウスに相談する。
どれだけ金をつぎ込んでいいのか、わからない。
仕方ないな。僕の財布を貸すよ。
ホフマン、女神は気まぐれよ。慎重にね。
影をなくした男
ジュリエッタ。お前は俺の女なのに、どうしてホフマンにかまうんだ。
私が誰に対しても礼儀正しくて、何か問題があるというの?
影をなくした男がジュリエッタを罵る。ホフマンは止めに入る。
やめろ。女性を罵るより、女性をいたわる言葉を言う方が、ジュリエッタの心を掴めますよ。
(小声で)ニクラウス。見ろ、あいつには影がない。
影がないって?
影をなくした男
そうだ。影を渡す代わりに、俺は貴重な宝物を手に入れたんだ。光を持ってこい。本当に影がないかわかるだろう!!
貴重な宝物…夜ごと、ジュリエッタを閉じ込める部屋の鍵
使用人たちが光を持ってきて、男に当てると影がない。騒然とする。
女の子たち!お客様を遊ばせるのよ。皆様遊びにいらしたのだから!
(ホフマンとニクラウスに向かって)ごめんなさいね。あの人は、薄気味悪い冗談を言う人ですわ。
客たちは娼婦たちに連れられて賭けに戻り、ホフマンと影のない男も賭けを始める。
ホフマン。そろそろ帰らないか?
誰に幸運が来るか、わからない。やめないぞ。
(賭けろ!お前たちは負けるんだ。泣き崩れている間に、私はいなくなるわ。)
よし、こうなったら、全て賭けてやる!
やめろ、僕たち文無しになるぞ!!
賭けのテーブルが盛り上がる中、ホフマンは突然立ち上がる。
やめた!
ホフマンが去り、ニクラウスが追いかけようとする。
悪魔(ダペルトゥット)
あなたは賭けの続きをやりましょう。
悪魔がニクラウスの手を離さない。立ち去るホフマンを追いかける、ジュリエッタ。
どうしたというのです?
(皮肉っぽく)君は僕には高い女だよ。
…意地の悪いことを言うのね。華やかな世界の裏で、悲しみや苦悩を隠しているのを誰も分かってくれないわ。
ジュリエッタ。僕がその悲しみから…
悪魔の手を振り払ったニクラウスが、ホフマンに声を掛ける。
ホフマン、急いでここから立ち去ろう。幸いにも僕たちには馬がある。路地で待ち合わせしよう!
ニクラウスは部屋を飛び出す。
ニクラウスの言うことは、本当です。あなたは危険な状況なのです。私も後であなたに追いつくから、今はすぐに去って下さい。
そんな君を愛しているのに、立ち去れない。
私はここを立ち去れないのです。あの影のない男が、毎晩私を部屋に閉じ込め鍵を掛けているのよ。
僕が鍵を奪い取ろう。
うまくいけば、私はあなたのものよ。それまで、私の心がくじけないように、あなたの鏡像が欲しいわ。この鏡を見て。愛しいあなたの姿が映っている。あなたの鏡に映った姿を、私の心に閉じ込めるのよ!
そんなことができるのか?でも、君の願いだ。叶えよう。
鏡の中から、ホフマンの姿が消える。
人々が集まり、ホフマンと影をなくした男が、決闘騒ぎになる。
悪魔(ダペルトゥット)
おやまあ、あなたも鏡に映らなくなったようで!
本当だ。鏡に映っていない。
影をなくした男
あはは、お前も仲間か、友だな。
パーティーはお開きです。皆様、お帰りになって。
ジュリエッタはホフマンをじっと見つめてから、屋敷に入っていく。悪魔とジュリエッタの使用人はその場に残る。
さあ、ホフマン、僕らも帰ろう。
いや、まだだ。先に行ってくれ。
ニクラウスは、心配しながらも立ち去る。
おまえ、ジュリエッタを閉じ込める鍵を渡すんだ。
影をなくした男
命に賭けても渡すものか。
悪魔(ダペルトゥット)
それでは、私が決闘を仕切ろう。
ホフマンと影をなくした男が決闘。男が死ぬ。ホフマンは男から鍵をとり、屋敷に入っていく。
悪魔(ダペルトゥット)
警察を呼びに行け。俺は恋人の所に戻るかな。
ニクラウスが騒ぎを聞きつけて、屋敷にいるホフマンを連れ戻す。
ホフマン、何をやっている。警察が来るぞ!ゴンドラにいる、あいつらを見ろ。
ニクラウスが指さした先には、悪魔とジュリエッタが恋人のように抱き合い、ゴンドラに乗って去って行く。
ホフマン物語、オペラ:第5幕のあらすじ
ドイツ・ニュルンベルク、酒場
ホフマンは話し終わり、隣の劇場はステラへの喝采が響いている。
これが僕の恋物語さ。ああ、ステラ!
上院議員(リンドルフ)
(もう心配ないな。ステラは私のものだ。)
上院議員は酒場から立ち去る。
学生
なぜ、ステラの名を?
まだわからないの?3人の恋人は、一人の女のことさ。オランピア、アントニア、ジュリエッタは、ステラのことだよ。
ホフマンと学生たちは、さらに酒を飲み酔っ払う。酒場の扉が開き、ステラが入ってくる。
(ホフマンの決断の時だ。)
ステラがホフマンの方へ近づいていくが、酔っ払うホフマンの様子に気がつき立ち止まる。
どこかでお見かけしたような?オランピア、いや、彼女は壊れた。アントニア、死んだな。ジュリエッタは、地獄に行った。
ステラの横に上院議員が現れて、エスコートする。
上院議員(リンドルフ)
失礼、マダム。お手をどうぞ。
ホフマンは、ステラを連れて出て行こうとする上院議員を引き止める。
お待ちを、上院議員。クラインザックの話は未完ですよ。あなたのために、最後の一節を歌いましょう。
ホフマンと学生たちは酔っ払いながら歌う。ステラと上院議員は酒場を出て行く。
可哀相なホフマン。酔いつぶれてしまった。恋の夢は忘れなさい。もうあなたは人間ではなくなったわ。あなたは、詩人に生まれ変わったのよ。私はニクラウスからミューズへ戻りましょう。
心の灰から、才能が燃え立つのです。
心の灰から、才能が燃え立つ。
いつのまにか、ホフマン一人になっている。ホフマンがミューズの言葉をつぶやく。