「ランメルモールのルチア」は、70作品以上のオペラを残したドニゼッティによるオペラ・セリア(悲劇)の代表作です。ドニゼッティは、喜劇も悲劇も上手に書ける作曲家でした。
- オペラ・ブッファ(喜劇)愛の妙薬、連隊の娘
- オペラ・セリア(悲劇)ランメルモールのルチア
運命に翻弄される男女の悲劇を描いた作品。ロミオとジュリエットのような一族が宿敵同士の関係でありながら、恋仲になったルチアとエドガルド。ルチアの兄はふたりの交際は反対し、ルチアに政略結婚を勧めます。
精神的に追い詰められたルチアは発狂し、有名な「狂乱の場」へ。見どころの場面です。
ランメルモールのルチア、オペラ:人物相関図
ランメルモールのルチア、オペラ:登場人物
ルチア | エンリーコの妹 | ソプラノ |
エドガルド | ルチアの恋人 | テノール |
エンリーコ | 領主・ルチアの兄 | バリトン |
ライモンド | 家庭教師 | バス |
アルトゥーロ | ルチアの婚約者 | テノール |
アリーザ | ルチアの侍女 | メゾソプラノ |
ノルマンノ | 衛兵隊長 | テノール |
- 原題:Lucia di Lammermoor
- 言語:イタリア語
- 作曲:ガエターノ・ドニゼッティ
- 台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ
- 原作:ウォルター・スコットの小説「ラマムアの花嫁」
- 初演:1835年9月26日 ナポリ サン・カルロ劇場
- 上演時間:2時間20分(第1部45分 第2部・第1幕40分 第2幕55分)
ランメルモールのルチア、オペラ:簡単なあらすじ
一族は互いに憎み合っていたが、ルチアとエドガルドは恋に落ちた。エドガルドは敵対するルチアの兄エンリーコと対話し、ルチアとの結婚を承諾してもらおうとするが、ルチアは兄を恐れて拒否する。二人は密かに結婚の誓いを交わす。エドガルドは政治的な理由でフランスに旅立つ。
エドガルドの留守中、エンリーコはルチアにエドガルドの偽の手紙を見せ、エドガルドの心変わりを伝える。ルチアの兄は、彼女に政略結婚を強く勧める。家庭教師の説得もあり、ルチアはそれを受け入れる。
政略結婚の日、帰ってきたエドガルドが現れ、ルチアを罵倒する。新婚の床で、ルチアは結婚相手を殺し、失意のうちに人前に出る。狂気の場。ルチアは死ぬ。エドガルドは彼女の死を知り、自ら死を選ぶ。
ランメルモールのルチア、オペラ:解説
スコットランドの二つの一族は、長年争っていました。
エドガルド (ルチアの恋人) | 争いで父を亡くし、城や領地をエンリーコに奪われた ルチアらが住む城は、エドガルドのものだった |
エンリーコ (ルチアの兄) | 政治情勢で味方を失い自らの地位が危うい 自らと一族のためにルチアに政略結婚をしてもらう必要がある |
ルチアの住む城(もとはエドガルドの城)の近くに、エドガルド一族の墓があります。オペラ中で、「エドガルド一族の墓」は、決闘の場所に指定されたり、エドガルドがルチアの死を知る場所であったり、とポイントになります。
ランメルモールのルチア、オペラ:第1部のあらすじ
【全1幕】第1場
城内の庭園
17世紀のスコットランド。衛兵隊長が、部下たちに城内を見回るように指示を出している。
衛兵隊長
みんな、しっかり見張れ!恐ろしい事実を明らかにしなければ!
不機嫌な様子でやってくる、領主のエンリーコ。付き従うように、ルチアの家庭教師。
なぜ、妹は結婚を受け入れないのだ。このままでは私の命が危ない。味方を失った私や一族のために、妹が政略結婚をするしかないのに。
ルチア様は母親が亡くなり、まだ心が落ち着いておりません。結婚に目を向けるのは難しいかと。
衛兵隊長
何を申すのか、ルチア様は男に恋をしているというのに!
ルチア様と侍女が散歩をしているところに暴れ牛が現れ、牛を倒し彼女たちを救った男がいました。男とルチア様は恋に落ち、夜ごと夜明け前に会われています。
まだ正体は掴めずにいますが、その男は、あなたの宿敵であるエドガルドではないか、と私は疑っています。
恐ろしい疑いだ!
(神様、お慈悲を。間違いでありますように。)
衛兵隊長の部下たちが知らせに走ってくる。
衛兵隊長の部下たち
疑いは確かなものになりました。見回りをしている途中、見知らぬ男が通り過ぎたのです。周囲の者に聞くと「彼はエドガルドである」と言いました。
怒りを抑えられない。ふたりの恋の炎を、私の血で消してやる!
第2場
城内の泉のある庭園
警戒するように、ルチアと侍女が庭園に現れる。
彼はまだ来ないのね。
侍女
無謀です。先ほどまで兄上のエンリーコ様がいらしたところに来るなんて。
私の愛するエドガルドは、どんな危険が迫っているかを知らなければいけないのよ。
この泉。私は震えなしに見ることが出来ないわ。嫉妬に駆られた男が女を刺し殺し、泉に沈めた。私はその女の亡霊を見たの。
静かな夜明け、月が泉を照らしていた。風の合間にうめき声を聞いたのよ。泉から女の亡霊が現れ、私を手招きした。ほどなくして亡霊は消え、泉を見ると、赤く染まっていた。
「あたりは沈黙に閉ざされ」Regnava nel silenzio
侍女
どうか、この恋を諦めて下さい。
情熱に心を奪われるとき、自分の悩みを忘れ喜びを感じるの。
侍女
もうすぐエドガルド様がいらっしゃいます。私は入り口で見張りをいたしましょう。
侍女が去り、エドガルドが庭園に入ってくる。
しばらく祖国、スコットランドを離れなくてはならない。フランスの地に派遣されることになった。私の窮状を見かねて、親戚が名誉な仕事に引き立ててくれたのだ。
君と離れる前に、兄上のエンリーコと会いたい。そして、君と手を携えて生きていきたい。両家の和解の証となるだろう。
秘密の恋のままではいけませんか?
ルチアの返事に、エドガルドは怒りを隠しきれない。
わかったよ。お前たちの一族は私から何もかも奪い取った。卑劣な手段で、私から父を奪い、先祖代々の土地を奪い取っていて、まだ満足しないというのか。
父の墓の前で「永遠に戦う」と誓ったが、君に出会い愛情が生まれた。だが、あの誓いは破られていない。誓いを果たすことが出来るのだぞ。
「二重唱」Sulla tomba che rinserra
怒りを静めて下さい。あなたの誓いの中で一番神聖な誓いは、純粋な愛によるものでなくてはなりません。
そうだな。結婚の誓いを交わそう。運命が私たちを結びつけた。私は、君の夫である。
二人は互いの指輪を交換する。
私はあなたのものです。証人は「愛」としましょう。
私の証人は「天」としよう。そろそろ出発しなくては。
手紙を書いてくださいね。ため息がそよ風に乗って、あなたの場所に届くでしょう。
エドガルドは出発し、ルチアは見送る。
ランメルモールのルチア、オペラ:第2部のあらすじ
【第1幕】第1場
エンリーコの居間
いらだった様子のエンリーコ。衛兵隊長が報告に入ってくる。
妹はこの政略結婚を受け入れてくれるだろうか?
衛兵隊長
心配には及びません。エドガルドからの手紙は握りつぶして、ルチア様に届かないようにしてきました。また、ルチア様には「他の女に心変わりした」という偽物の手紙を渡す用意があります。
偽物の手紙を私に寄こせ。お前には花婿を迎えに行ってもらう。
衛兵隊長が去る。顔色が真っ青で、目もうつろなルチアが部屋に入ってくる。
今日はお前の婚礼の日なのに喜んだ姿をみせてくれないのか。
ぞっとするほどの青白さが私の顔を覆っています。あなたを責めているのです。私の苦しみを考えてください。
「二重唱」Il pallor funesto orrendo
私が無慈悲なのには理由がある。エドガルドのことは忘れて、高貴な花婿を受け入れろ。
私はエドガルドに結婚を誓いました。
もういい、この手紙を読めばわかるだろう。いかに残酷な男をお前が愛していたのかを。
ルチアは手紙を読み、倒れそうになる。
(なんて不幸な私。涙と苦悩の中で、エドガルドへの愛を頼りに生きてきた。なのに、彼は他の女に身を任せ、私には死がやって来る。)
お前は不実な男を愛したのだ。だが、お前には神からの慈悲があった。あの男が他の女に心を許したのだから。
部屋の外から賑やかな音楽。
祝いの調べだ。もうすぐ、お前の花婿がやって来る。お前が私を裏切るなら、味方を失った私は首をはねられて死ぬだろう。お前は私を救わなければならない!
(神様。どうか私から命を取り上げて下さい。あまりにも不幸ですから、死はありがたいものなのです。)
エンリーコは立ち去り、ルチアは椅子に崩れ落ちる。ルチアの家庭教師が部屋に入る。
ルチア様の最後の希望も消えてしまいました。あなたは兄上の策略を疑っていました。兄上があなたの手紙をエドガルド様に届けないよう策略をしていると。
私は確かな方法で、エドガルド様に手紙を出しました。ですが、エドガルド様からの返事は来ません。エドガルド様から返事が来ないのは、裏切りの証ではないでしょうか。
兄の策略は、ルチアの手紙をエドガルドに届けないことではなく、エドガルドの手紙をルチアに届けないこと。ライモンドの軽率な判断ミス。
私はどうしたらいいのでしょう。エドガルドと結婚を誓いあったのに。
結婚は司祭が祝福しない限り、神も世間も認めません。お聞き入れください。兄上のエンリーコ様を救うのです。亡くなった母上もそのように望むでしょう。あなたは身内のために犠牲になるのです。
「お聞き入れを」Ah! Cedi
あなたの勝ちよ。私はそこまで心の冷たい女ではないわ。私を支えて下さい。もう何もわからない。私のこれからの人生は苦しみに満ちたものになるでしょう。
家庭教師に支えられて、ルチアは部屋を出て行く。
第2場
城の大広間
結婚のために、華やかに飾られた大広間。紳士淑女たちが集まっている。
人々
あなた様のおかげで、救われます。私たちは再び甦るでしょう。
政略結婚の花婿
もう少しで消えるところだった君たちの星を、私は再び昇らせて見せよう。
妹が結婚の場で悲しそうでも気にしないで下さい。母親が亡くなり嘆いているだけですから。
政略結婚の花婿
母親が亡くなったことは知っている。だが、エドガルドがルチアを狙っていると噂になっているが。
家庭教師と侍女が、ルチアを支えるように大広間に入る。後ずさりをするルチア。エンリーコは低い声で罵る。
(ルチア、お前は私を破滅させるつもりなのか。)
(神よ!私は生け贄になるのね。)
人々が見守る中で、結婚契約書に花婿が署名をし、時間が掛かりながらルチアも署名する。大広間の扉を破って、エドガルドと従者らが入ってくる。
私はエドガルドだ!
ルチアは気を失って倒れ、侍女らが介抱する。
「六重唱」Chi mi frena in tal momento|ランメルモールのルチア
(誰が私を止めるのか。彼女の苦悩と驚きは、後悔の証だ。ルチアは、生死の境をさまよっている。私は彼女を愛している。不実な女を、今でも愛している。)
「六重唱」Chi mi frena in tal momento
(誰が私の怒りを止めるのか。血を分けた妹を裏切ってしまった。ルチアは今、生死の境をさまよっている。後悔の念を消し去ることができない。)
(死ぬことを望んでいたのに目覚めてしまった。死は私を助けてくれなかったのね。泣いてしまいたいのに、泣くことすら出来ない。)
兄のエンリーコは「出て行け!」と罵り、エドガルドと剣を交える。
やめなさい。神の名において、剣を交えるのをやめるのです。
私には権利がある。私とルチアは結婚を誓ったのだ。
すでにルチア様は別の男のものです。結婚契約書をご覧なさい。
これはお前の字なのか。
そうです。
お前からもらった指輪を返そう。私の指輪を返してくれ。
彼は指輪を投げ捨て、踏みつける。
憎むべき一族め。私はお前から逃げるべきだった。神がお前を消し去るように願おう!私を殺して、婚礼の祭壇に供えるといい!
神様、彼をお救い下さい。心が息を引き取りつつある、不幸な女の願いです。
ルチアを家庭教師や侍女が支え、エドガルドは追い立てられるように大広間を出て行く。
【第2幕】第1場
寂れた様子の広間
エドガルドの住む古い塔にある広間。夜、窓の外は嵐。エドガルドはひとり憂鬱な様子。
恐ろしい夜、まるで私の運命のようだ。嵐よ、もっと酷くなれ。世界の秩序を破壊してしまえ。馬の蹄の音がする。誰だ?嵐の中、訪ねてくるのは。
私だ。お前が先にうちの城に来たんだから、私も訪問してよいだろう。
ここには父の亡霊がいる。屋敷の空気はすべて、お前を呪っている!
「二重唱」Qui del padre ancor respira
今頃、ルチアは新婚の床にいるだろう。
こいつは傷ついた心をさらに引き裂きに来たのか!私に何の用だ。
決闘を申し込みに来た。夜明け前、場所はお前の一族の墓の前だ。お前はそこで死に、そのまま墓にいることになるだろう。
いいや、私がお前を殺してやる。
ふたりはにらみ合い、嵐は激しくなる。立ち去る、エンリーコ。
第2場
城の大広間
着飾った男女が談笑している。家庭教師が慌てた様子で広間に駆け込んできた。
宴を止めるのだ。大変なことが起こった。
ルチア様と彼女の夫が下がった部屋から、しばらくすると男のうめき声が聞こえてきた。部屋に入ると、死んだ男と、剣を手にしたルチア様がいたのだ。
彼女は私を見て言った。「私の夫はどこ?」と。青白い顔に微笑みが広がったのだ。ああ、彼女が来た!
目はうつろ、震えるような歩き方で、唇には笑みがある。髪は乱れ、白い服で歩く姿は亡霊のようだ。
エドガルド。恐ろしい敵から逃れてきたの。ああ!氷のような冷たさが胸にある!さあ、一緒に泉のそばに座りましょう。嫌だわ!亡霊が私たちを別れさせようとする!結婚式の音楽が聞こえるわ。私たち、結婚するのね。
「狂乱の場」Il dolce suono
「狂乱の場」Il dolce suono|ランメルモールのルチア
精神が錯乱してしまった、ルチア。「ランメルモールのルチア」の最大の見せ場で聴きどころ!
ルチアがおかしいと呼び出された、兄のエンリーコが広間に駆けつける。
本当なのか?ルチア、馬鹿な真似をするな。懲らしめるぞ。(本当におかしいと気がつく)…神よ。
あなたは恐れおののくべきだ。彼女を傷つけたのだから。
恐ろしい眼差しで見ないで!結婚契約書に署名したのは、私です。エドガルドは、愛の証の指輪を投げつけ、踏みつけた。私を呪っている!!
私は残酷な兄の犠牲者。いつもあなたを愛していました。
エドガルド、この世の苦い涙を私の抜け殻にかけてちょうだい。私は天国に行き、あなたのために祈ります。あなたが来たときに、天国は私にとって美しい世界になるでしょう。
「この世の苦い涙を」Spargi d’amaro pianto
涙なしに見ることが出来ない。ルチアを遠くにやってくれ。
ルチアは侍女らに連れられていく。広間にいた人々も帰った。残ったのは、家庭教師と衛兵隊長。
衛兵隊長。すべてあなたが始めたことだ。
衛兵隊長
私はこんなことになるとは、思わなかった…
第3場
エドガルド家の墓
夜明け、エドガルドはエンリーコとの決闘のために、自分の一族の墓の前で待っている。
ご先祖様。一族最後の私を受け入れて下さい。敵の剣で死んでしまいたい。ルチアなしでは、この世は砂漠だ。
「わが祖先の墓よ」Tombe degli avi miei
この世に別れを告げよう。ルチア、お前は私を忘れてくれ。お前の夫とこの場所を通らないでくれ。
「この世に別れを告げよう」Fra poco a me ricovero
「わが祖先の墓よ」Tombe degli avi miei|ランメルモールのルチア
一族の墓の前で、墓に受け入れてくれるように願う、絶望の歌です。
エドガルドの側を通りかかる人々。さきほどまで大広間にいた人々が、ルチアのことを話す。
人々
恐ろしい出来事が起こりました。ルチア様は、気の毒なことに死にかけています。彼女にとって、結婚は不幸だったのでしょう。瀕死の状態で、あなた様を求めています。
ルチア!
あたりに鐘の音が響く。
人々
ルチア様の死を告げる鐘の音が響いている。
そんな!!私の運命は決まった。もう一度、彼女に会いたい。話はそれからだ。
エドガルドが城に入ろうとすると、そこにはすでに家庭教師が立っていた。
不幸な方よ。どこに行こうというのか。彼女はすでに亡くなっている。
神のもとに旅立ったルチアよ。お前と共に私も一緒に行こう。人々の怒りが私たちを離ればなれにしたのだから、神は私たちを天国で結びつけてくれるだろう。
エドガルドは短剣を心臓に刺す。
神よ。大きな過ちをお許し下さいますように。