リヒャルト・シュトラウスの「サロメ」は、一時上演禁止になったほどの問題作。ユダヤの王女、サロメが裸に7枚のヴェールをつけて踊り始め、一枚ずつヴェールを脱いでいくという官能的な場面(7つのヴェールの踊り)、男の生首を受取り、口づけをするサロメの長いモノローグなど、印象に残りやすい作品です。いかがわしい作品というわけではありません。サロメを楽しむには、ある程度宗教の知識が必要です。
サロメ、オペラ:人物相関図
サロメ、オペラ:登場人物
サロメ | ユダヤの王女 | ソプラノ |
ヘロデ王 | ユダヤの王 | テノール |
ヨカナーン | 預言者 | バリトン |
ヘロディアス | ヘロデの妃・サロメの母 | メゾソプラノ |
ナラボート | シリア人の衛兵隊長 | テノール |
小姓 | ヘロディアスの小姓 | アルト |
- 原題:Salome
- 言語:ドイツ語
- 作曲:リヒャルト・シュトラウス
- 台本:オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」、ヘドヴィヒ・ラハマン訳
- 原作:「新約聖書マタイ伝第14章」、「マルコ伝第6章」
- 初演:1905年12月9日 ドレスデン宮廷歌劇場
- 上演時間:1時間40分
サロメ、オペラ:簡単なあらすじ
不気味な月夜。サロメは古井戸に幽閉されたヨカナーンを見つける。彼に出会ったサロメは、その魅力に取り憑かれてしまう。サロメは彼とキスをすることに異常に執着するが、彼はそれを拒否する。
ヘロデ王とその妻がそこへ現れる。ヨカナーンの重々しい声と言葉に気を悪くしたヘロデ王は、サロメに踊りを求める。踊りの後、サロメはヨカナーンの首を要求する。ヨカナーンとキスするサロメを見て、ヘロデ王はサロメの殺害を命じる。
オペラ「サロメ」の解説・「新約聖書」を原作としたオペラ
「サロメ」は、「新約聖書」マタイによる福音書、マルコによる福音書を原作としています。
「新約聖書」の内容
娘がヘロデ王のために踊りを踊った後、王が「褒美を何でも与える」と言います。娘は母に「褒美をどうしようか?」と尋ねると、母のヘロディアスが「洗礼者ヨハネの首を」と。ヘロデ王は困惑しますが、周囲の目を気にして娘に首を渡します。娘は首に口づけはせず、そのまま首を母親に渡しました。
オペラでは、サロメ自らが「首が欲しい」と求めており、原作の聖書とは異なります。
詳しくは、ウィキペディアの「洗礼者ヨハネの死・マルコ伝の口語訳」にて。
オペラ | 新約聖書 |
---|---|
サロメ | ヘロディアスの娘(名前の記述はなし) |
ヨカナーン | 洗礼者ヨハネ |
ヨカナーン(洗礼者ヨハネ)は、預言者なのか?
私の後に続く者が出てくるぞ。その人物と比べれば、私などたいしたことはない。男が来れば、この世界は変わるだろう。
私の後に続く者…ナザレのイエス (キリスト教ではイエス・キリスト)
ナザレは、現在のイスラエルにある地域のことで、イエスの出身地。
オペラの中でヨカナーンを巡り、ユダヤ人とナザレ人が言い合いをしています。
- ユダヤ人…ヨカナーンは、預言者ではない
- ナザレ人…ヨカナーン(洗礼者ヨハネ)は、預言者だ
キリスト教、イスラム教などほとんどの宗教で、洗礼者ヨハネを預言者と認めているそうです。
サロメ、オペラ:全1幕のあらすじ・サロメ王女の狂気
第1場 古井戸に幽閉されたヨカナーン
ヘロデ王の宮殿・テラス
夏、月が輝く夜。紀元30年頃のシリア。宮殿ではヘロデ王が宴を開いている。テラスから中をのぞき込む、衛兵隊長。その場には兵士らがいる。
衛兵隊長
今夜のサロメ王女はなんて美しい。
小姓
それより月を見て下さい。なぜか不気味ではないですか?そのように王女を見てはいけません。恐ろしいことが起こるかも知れないですよ。
衛兵隊長
今夜のサロメ王女は信じられぬほど、美しい。
兵士ら
王様は陰気な顔です。
どこからともなく、重々しい男の声が響いてくる。
私の後に続く者が出てくるぞ。その人物と比べれば、私などたいしたことはない。男が来れば、この世界は変わるだろう。
私の後に続く者…ナザレのイエス (キリスト教ではイエス・キリスト)
兵士たちは、重々しい声の主について語り合う。テラス近くの古井戸から聞こえてくる声だった。
兵士ら
砂漠からやってきた預言者のヨカナーンの声だ。彼は古井戸に閉じ込められている。大人しく礼儀正しいが、何者かはわからない。ヘロデ王は全員にヨカナーンと会うのを禁じている。
衛兵隊長
サロメ王女が席を立たれたぞ。こちらにおいでになる。
第2場 サロメがヨカナーンの存在を知る
宴席から逃げ出してきた、サロメ。
嫌らしい目つきで私を見るヘロデ王が、嫌で仕方ない。義理の父であるのに、あのような目で私を見るのはおかしいのではないか。
サロメのいるテラスに、またも重々しい声が聞こえてくる。
(ヨカナーンの声)
主が来るぞ。そこまで来られている。
今の声は誰?
兵士
預言者のヨカナーンの声でございます。
ヘロデ王が気味悪がっている男だな。ヨカナーンは私の母について恐ろしいことを言っているそうだが。
ヘロデ王が「宴席に戻るように」と奴隷に言付けさせるが、サロメは聞き入れない。
宴席には戻らない。それで、ヨカナーンは年を取った男なのか?
兵士
いいえ、若い男でございます。
(ヨカナーンの声)
パレスチナよ、喜ぶでない。蛇の種からバジリスクが出てきてその子孫が鳥を食い荒らすからだ。
珍しい声だ。ヨカナーンに会いたい。預言者をここに連れてきてくれ。
兵士
ヘロデ王が、どなたも話すことも会うことも許しておりません。
サロメが頼んでも兵士らは聞き入れない。サロメはヨカナーンがいる古井戸をのぞき込む。
なんて暗い。井戸の底は真っ暗だ。
衛兵隊長よ。お前なら私の望みを聞いてくれるな。明日、御輿に乗ったとき、お前のために花を落とそう。断るのか?それならば、明日の朝、ヴェールを外してお前に微笑んでやるぞ。
衛兵隊長
預言者を連れてこい。サロメ王女がお会いになる。
第3場 ヨカナーンに執着するサロメ
ヨカナーンが兵士らによって、サロメの前に連れてこられる。
愚かな男はどこにいる。もうすぐ死ぬ運命にある男。男の隣にいた女。夫を捨て、夫の異母弟と結婚した女。悪事を悔いよ。
母のことを言っている。恐ろしい男だ。不気味な目をしている。やせ細った体。肌はさぞ冷たかろう。もっと側で見てみたい。
サロメは自らヨカナーンに近づいていく。
衛兵隊長
サロメ王女。おやめ下さい。近づいてはいけません。
私を見ている娘は誰だ。早く私の元から連れ去ってくれ。
私はサロメ。ユダヤの王女。ヨカナーンよ、私はお前の体に惚れた。白い肌、黒い髪、赤い唇。うっとりする。お前に口づけさせてくれ。
止めてくれ。
衛兵隊長
サロメ王女。おやめ下さい。男にそのような言葉を言わないで下さい。あなたのそのような姿は見たくありません。
衛兵隊長は、絶望して剣で自分を刺す。血だまりが広がっていく。
人の死に困惑しないのか。
お前の口にキスをさせてくれ。
もはやお前を助けられるのは、一人しかいない。早くその方を訪ねて、罪を告白するのだ。恐ろしい。私はお前を見たくない。呪われるのだ。汚れた娘よ。
ヨカナーンは、自ら古井戸に戻っていく。
第4場 7つのヴェールの踊り、サロメの口づけ
ヘロデ王と妻のヘロディアスがテラスに出てくる。多くの家臣らも同行している。
サロメはどこにいる?宴に戻るように言づてたのに。今夜の月は変だな。気がふれた女が男を追いかけ回すようだ。
「サロメはどこだ」Wo ist Salome?
ヘロデ王の妻
いいえ、月は月ですよ。あなたはいつもサロメを見ている。おやめ下さい。さあ、奥に戻りましょう。
いいや。私はここにいる。ここで客人と酒を飲もう。なんだ。この血だまりは!この死体は!
兵士
衛兵隊長でございます。自殺されました。
不思議なことだ。彼はサロメをよく見ていたが…
サロメや。こちらに来て一緒に酒を飲もう。お前の小さな唇でこの杯で酒を飲んでくれ。残りの酒をその杯で私が飲み干そう。
ヘロデ王が、テラスにいるサロメを呼び寄せる。
私はのどは渇いていません。
熟した果物を持ってこい。サロメや、一緒に食べるのだ。果物を一口かじり、渡してくれ。残りを私が食べてやろう。
お腹はすいておりません。
サロメや。隣に来るのだ。お前の母が座っている玉座に座らせてやろう。
私は疲れておりません。
人々が集まるテラスに、ヨカナーンの重々しい声が響く。
(ヨカナーンの声)
時が来た。先日まで私が言っていた時が、来たのだ。
「時が来た」Sieh’, die Zeit ist gekommen
テラスに緊張が走る。
ヘロデ王の妻
あの男を黙らせて下さい。私の悪口ばかり言っている!
ヘロデ王。あなたも彼を恐れているでしょう。6ヶ月も前から、ユダヤ人が「あの男を渡せ」と騒いでいるのに、なぜ渡さないのか。
ユダヤ人
そうです。あの預言者だと偽る男を渡して下さい。
いいや。彼は聖者だ。誰にも渡しはせぬ。彼は神を見た男だ。
ユダヤ人ら
あの男は預言者ではありません。神を見たこともありません。なぜなら、預言者エリヤ以降、誰も神を見ていないのですから。今の世では、神はお隠れになっている。
ヘロデ王の妻
(ヘロデ王に)ユダヤ人を黙らせて下さい。退屈で聞いていられない。
(妻を無視)でも、彼が預言者エリヤかもしれないだろう。
ユダヤ人
預言者エリアの時代から、すでに300年経っているのです。ヨカナーンは、預言者エリヤの生まれ変わりではありません。
ナザレ人
いいえ、彼は預言者エリヤです。
騒々しく人々が語り合っていると、ヨカナーンの声が響く。
(ヨカナーンの声)
その日は近いぞ。世界の救世主の足音を、私は山の上で聞いた。
世界の救世主とは、何のことだ?
ユダヤ人ら
救済者などは、存在しない。
ナザレ人ら
救済者が出現したのだ。至る所で、奇跡を起こしている。
(ヨカナーンの声)
みだらな女。神の言葉を聞くのだ。お前の周りに人が集まり、石を投げるだろう。剣で刺され、盾でつぶされ死ぬであろう。
ヘロデ王の妻
あの男を黙らせて下さい。あのように妻が言われてよいのですか。
お前の名前は言っておらぬだろう。
(ヨカナーンの声)
もうすぐその時が来る。太陽は黒く、月は血のように、星はイチジクのように落ちてくる。王たちは震え上がるだろう。
不安に駆られたヘロデ王は、その場の雰囲気を変えようと、サロメに頼む。
サロメ。踊ってくれ。
ヘロデ王の妻
娘を踊らせたくはありません。
踊るつもりはありませんので。ヘロデ王。
(ヨカナーンの声)
玉座に座っている男は、神の使者に討ち取られるだろう。
サロメ。踊ってくれ。今夜は悲しいのだ。私のために踊ってくれたら、お前が望むものは、何でもやろう。
命に、王冠に、神々に誓う。何でもあげよう。
ヘロデ王のために踊りましょう。
ヘロデ王の妻(サロメの母)は反対するが、サロメは踊り始める。
「7つのヴェールの踊り」Dance of the seven veils
素晴らしい。なんでも褒美をやろう。
銀の器に…ヨカナーンの首を。
ヘロデ王の妻
娘よ。よく言ったわ。
いやいや、サロメ!お前が望むものではないだろう。お前の母の声に耳を傾けてはいけないぞ。
私は母の声に耳を傾けてはいない。自分の楽しみのために、ヨカナーンの首を銀の器に入れてもらう。
あなたは誓いを立てた。ヘロデ王。忘れてはいないな!
誓いは立てたが。それ以外のものにしてくれ。国の半分をやろう。
ヨカナーンの首をくださいませ。
ヘロデ王の妻
娘がヨカナーンの首を望むのは、当然でございます。自分の母が侮辱されたのですから。
妻よ、黙るのだ。
サロメよ。お願いだ。私はずっとお前を愛していた。もしかしたら、お前を愛しすぎていたのかもしれないな。
だから、それを私に求めてはいけない。胴体から切り離された男の頭は不気味なものだ。
聞いてくれ!私はエメラルドを持っている。世界で一番美しいエメラルドだ。それをやろう。
ヨカナーンの首を頂きたいのです。
サロメや。美しいお前を私がじっと見ていたから、そうやって困らせるのだろう。
私の白い孔雀をやろう。すべてだ。あのような素晴らしい孔雀を持っているのは、世界にはいない。
よく聞くのだ。ヨカナーンは、神から送られてきたのかも知れない。彼は聖者だ。神の指が彼に触れたのだ。もし何かあれば、私に危害が及ぶかも知れない。
だから、その望みはやめてくれ。
ヨカナーンの首をくださいませ。
サロメや。私の妻も知らない宝飾品を、私は隠し持っている。真珠、ルビー、オパール、世界中の珍しい宝石。すべてやろう。
だから、男の首を望むな。
ヨカナーンの首が欲しいのです。
くたびれたように、ヘロデ王は椅子に座り込む。処刑人が、古井戸に入っていく。
サロメの望むものを渡してやれ。(ヘロデ王の妻が王から死の指輪を抜き取り、兵士に渡し、さらに兵士が指輪を処刑人に渡す。)
誰が私の指輪を取ったのだ。誰が私の酒を飲んだのだ。ああ、誰かに災いが降りかかるだろう。
サロメは、古井戸をのぞき込み、聞き耳を立てる。
何も聞こえない。なぜかしら。私なら叫ぶのに。じっとしたまま殺されるなんて、我慢ならない。
お切りなさい。私が命じるのです。音が聞こえない。いや、物が落ちた音。処刑人の剣が落ちた音ではないか。ひるんだのだな。臆病者め。
(衛兵隊長の小姓を呼び寄せる。)
小姓よ。お前はさきほど死んだ者の部下だな。お前らの兵士たちに言づけよ。古井戸に行き、首を持ってこい。
(小姓が兵士らに伝える。)
兵士らよ。古井戸から首を持ってこい。ヘロデ王。この者たちに首を取ってくるように、命じて下さいな。
「物音が聞こえない」Es ist kein Laut zu vernehmen
古井戸から、銀の器に乗ったヨカナーンの首が運び出される。ヘロデ王は顔を覆い、ヘロデ王の妻は微笑む。ナザレ人らは、その場で祈り始めた。
サロメは、ヨカナーンの首を掴み持ち上げた。首を手に入れた喜びを露わにする。
ヨカナーンよ。お前は私に口づけをさけなかったな。だが、今してやるぞ。私の歯で噛みしめよう。熟した果物を味わうように。
ヨカナーン。なぜ私の顔を見ないの?恐ろしかったお前の目は閉じてしまった。お前の赤い舌はなぜ動かないの?母や私を罵ったあの舌は。
私は生きて、お前は死んでいる。お前だけが美しい。白い肌、黒い髪、赤い唇。お前の声には、不思議と惹きつけられた。
なぜ、私の顔を見てくれなかったのだ?私の顔を見れば、お前は私を愛しただろうに。
「私に口づけさせようとはしなかったな、ヨカナーン」
Ah! Du wolltest mich nicht deinen Mund küssen lassen
お前の娘は、化け物だ。
ヘロデ王の妻
いいえ。娘はよくやったと思いますわ。
何を言っている!一緒に来るんだ。奥に隠れてしまおう。
兵士たちよ。明かりを消すのだ。月を隠せ、星を隠せ。何か恐ろしいことが起こるに違いない。
お前の唇は苦い味がする。血の味なのね。いや、恋の味かも知れない。恋は苦いものだというから。ヨカナーン。私はお前に口づけしましたよ。
サロメはヨカナーンの唇に口づけする。その姿を見たヘロデ王は戦慄、サロメ殺害を命じる。
あの女を殺せ!
兵士たちは盾でサロメを押しつぶす。