「ニーベルングの指環・第2日・ジークフリート」は、ジークフリートの英雄譚が書かれた作品です。ワーグナーは自分の一人息子に、ジークフリートと名付けています。長女はイゾルデ、次女はエーファ、長男がジークフリート。イゾルデは「トリスタンとイゾルデ」から。エーファは「ニュルンベルクのマイスタージンガー」から。息子に名付けるくらいなので、お気に入りの登場人物なのでしょう。「ジークフリート」の見どころは、「溶解の歌・ノートゥング、人も羨む剣よ」Notung! Notung! Neidliches Schwert!、「鍛冶の歌・ホホー、鍛えよハンマーよ、硬い剣にするのだ」Hoho! Hoho! Hohei! Schmiede, mein Hammer, ein hartes Schwert!です。
ジークフリート、オペラ:人物相関図
ジークフリート、オペラ:登場人物
ジークフリート | ジークムントとジークリンデの子 | テノール |
ブリュンヒルデ | ヴォータンとエルダの娘・炎の中で眠る | ソプラノ |
ニーベルング族(小人族) | ||
---|---|---|
ミーメ | ジークフリートを育てる・弟 | テノール |
アルベリヒ | 最初の指輪保持者・兄 | バリトン |
神 | ||
---|---|---|
さすらい人 | ヴォータン・神々の長 | バリトン |
エルダ | 知恵の女神 | アルト |
ファーフナー・大蛇 | 巨人族・指輪を持つ | バス |
森の小鳥 | ジークフリートに情報を与える | ソプラノ |
- 原題:Siegfried
- 言語:ドイツ語
- 作曲:リヒャルト・ワーグナー
- 台本:リヒャルト・ワーグナー
- 原作:北欧神話「ヴォルスンガ・サガ」、古代北欧歌謡集「エッダ」、ドイツ叙事詩「ニーベルンゲンの歌」他
- 初演:1876年8月16日 バイロイト祝祭劇場
- 上演時間:4時間(第1幕80分 第2幕80分 第3幕80分)
ジークフリート、オペラ:簡単なあらすじ
ジークムントとジークリンデの息子ジークフリートは、母の死により小人のミーメに育てられた。ミーメはジークフリートを利用して指輪を手に入れようとした。ジークフリートはミーメを軽蔑していた。
ミーメにそそのかされ、ジークフリートはファーフナーを倒した。森にいた鳥の助言で、指輪と隠された頭巾を手に入れた。彼は炎に包まれて眠るブリュンヒルデを目覚めさせるため、岩山に向かう。
ジークフリートとヴォータンは出会う。彼はヴォータンの槍を折る。ジークフリートは炎に包まれて眠るブリュンヒルデを目覚めさせる。
ジークフリート、オペラ:第1幕のあらすじ
第1場
序奏
森の中、洞窟
小人族のミーメは、金属を叩いて剣を作っている。途中で不機嫌になってやめてしまう。
逃げられない苦しみ、無駄な苦労だ。私が剣を作っても、ジークフリートはすぐに折ってしまう。
ノートゥングの剣の破片なら、とても硬くてあいつにも折ることはできないだろう。だが、破片から新たな剣に作り直すことは、私の技術ではできない。
森にはファーフナーが大蛇に化けて、指輪とニーベルング族の宝を守っている。ジークフリートの若い力なら、大蛇を倒せるだろう。そうなれば、私はアルベリヒの指輪を手に入れられる。それには、ノートゥングが必要だ。
ノートゥング…剣の名前。ニーベルングの指環・第2夜「ワルキューレ」で、神々の長ヴォータンが息子のジークムントに残した剣。ヴォータンの槍の力で剣は折られた。
森からジークフリートが熊を連れて帰ってきた。熊にミーメを追いかけさせる。
ホイホー!あいつを食ってしまえ。ハハハ!熊よ、あいつに剣はどこだと聞いてやれ。
おい!早く熊をどこかへやってくれ。お前の剣は完成している。
今日はこれで勘弁してやる。熊よ、森に戻れ。
なぜ生きた熊を連れ帰ってくるのか?
お前よりましな仲間が欲しいんだ。森で角笛を吹いたら、あの熊がやってきた。いいやつだが、もっといい俺の仲間が見つかるだろう。熊を連れてくれば、お前から剣の出来を聞けるからだ。
剣は上手に作れた。お前も満足するだろう。
(剣を手にして)刃がきれいに光っていても、丈夫でなれば意味がない。なんてつまらないおもちゃだ。
ジークフリートが剣を叩きつけると粉々に折れる。
お前に剣を叩きつけてやればよかった。恥知らずのド素人め。老いぼれで愚かな小人を切り刻めば、俺の怒りも収まるだろうよ。
気が狂ったような荒れ方だな。お前は、私がお前にやってきた良いことを忘れるのが早すぎる。私がお前に与えた恩を教えてやろうか。聞かないというのだな。仕方がない。肉を焼いてやろうか?お前のために煮込んだスープがあるぞ。
ミーメが持ってきた食事を、ジークフリートが叩き落す。
自分で肉を焼いて食べた。まずいスープはお前が飲め。
赤ん坊の頃からお前を育ててやり、食べ物や飲み物を与えたのだぞ。寝床を作って、お前は安らかに眠った。お前におもちゃや角笛を作ってやったではないか。それなのに、私が働いている時、お前は外で遊んでいる。老いた小人は身をすり減らすばかりだ。
「養育の歌」Als zullendes Kind zog ich dich auf
俺はお前からいくつか学ぶことがあった。お前の食べ物は吐き気を催す。お前が俺を寝かしつけようとすると、睡眠の邪魔になる。お前の存在が我慢ならない。お前が物知りと言うなら、俺に教えてくれ。なぜ俺はお前のもとに戻ってきてしまうのかを。
我が子よ、お前の心は私を大事に思っているからだろう。
(嘲笑して)俺はお前のことが我慢ならないんだ。そのことを忘れてもらっては困る。
お前は無鉄砲なのだ。小鳥は巣を飛び立つまでは、親鳥に我がままに当たり散らすものだ。私はそれがわかっていてお前を心配している。
ミーメ、もう一つ教えてくれ。鳥や狐、動物たちには、雌と雄がいて子供を得ていた。俺が母と呼べる者はどこにいるのか?
愚か者。お前は鳥でも狐でもない。
お前は赤ん坊を育てたと言うが、その子供をどうやって手に入れたのか?
私の言うことを信じればいい。私はお前の父で母である。
嘘をつくな。子が親に似ることは、俺にだってわかる。清らかな小川を通ったとき、動物も雲も太陽もあるがままの姿が川面に映っていた。そのとき、自分の顔を見た。お前と全く違っていたぞ。
くだらないことを聞くな。
ジークフリートがミーメの首を絞める。
これまでもお前を痛めつけないと、お前から何も得ることができなった。俺の父と母はどこだ?
私の命まで取ろうというのか。首から手を離せ。すべてを話そう。
私は森の中で、泣いて横たわる女を見つけた。私はこの洞窟に女を連れ帰った。彼女の腹には子供がおり、ここで出産したのだ。出産で女は死に、お前は生き残った。彼女に子供の面倒を見るように頼まれたのだ。
なぜ俺はジークフリートという名前なのか?
ジークフリート(siegfried)…sieg(勝利)frieden(平和)
彼女がお前をジークフリートと呼ぶように私に頼んだからだ。
母の名前を教えろ。
確か、ジークリンデと言っていたような気がする。
父の名前を教えろ。
会ったことはない。お前の父は剣で切られたと聞いた。
お前の話の証拠を見せろ。
ミーメは少し考えて、二つの破片を持ってくる。
彼女は私への謝礼として、この二つに折れた剣を渡してくれた。お前の父が最後に戦った時にこの剣を使っていたそうだ。
この剣を使えるようにしてくれ。適当に作ったら、お前の首を絞めてやる。どうしても今日中にこの剣が欲しい。
今日中にだって?
俺は森を出ていく。二度と戻らない。ミーメ、お前とは永遠にお別れだ。
ジークフリートは出ていく。
ジークフリート!風のように去ってしまった。私が指輪と財宝を手に入れるために、あいつをファーフナーの巣に連れていかなくてはいけない。剣を作り直さなくてはいけないが、私の技術では剣を作り直すのは無理だ。私はどうしたらいいんだ。
第2場
さすらい人(ヴォータン)が森からやってくる。ミーメの洞穴に入る。
幸いあれ、賢い鍛冶屋。私をお前の家で休憩させてくれ。
こんな寂しいところに何の用だ?
人は私を「さすらい人」と呼ぶ。
どこか遠くでさすらってくれ。
ヴォータンは、囲炉裏のそばに勝手に座る。
私は知恵のある男だ。私に質問すれば、お前は役に立つ答えを手に入れられるだろう。私の首を賭けて、知恵比べをしよう。
それならばうまく答えてくれ。地底にどんな種族が住んでいるのか?
ニーベルハイムのニーベルング族だ。黒いアルベリヒがかつて指輪の力で一族を支配していた。彼のために宝は積み上げられた。アルベリヒは宝によって世界を支配しようと狙っていた。
地上にいる一族は?
リーゼンハイムの巨人族だ。巨人の兄弟がニーベルングの指輪と宝を手にしたが、兄弟で争い、兄は死んだ。弟のファーフナーは大蛇となり、指輪を守っている。
雲の上にいる一族については?
雲の上には神々の城ヴァルハルがある。光のアルベリヒであるヴォータンが率いている。彼は世界樹の枝から、槍の柄を作った。その槍で世界を制したのだ。
ヴォータンが槍で地面を叩くと、激しい音が轟いた。
お前は私の質問に答えた。立ち去っていい。
お前は自分の役に立つことを質問するべきだったのに、そうしなかった。自分に必要なことがわかっていないのだ。お前は私を無礼に出迎えた。お前も自分の首を賭けて私の質問に答える必要がある。
私の知恵が役に立つかもしれない。
ヴォータンが怖い顔を見せながらも、彼が一番愛している一族は何か?
ヴォータンの血を引く子たちによる、ヴェルズング族だ。双子の兄妹は愛し合い、ジークムントを生んだ。
一人の賢いニーベルングがジークフリートの世話をしている。彼にファーフナーを倒させて、指輪を手に入れるつもりだ。ジークフリートがファーフナーを倒すのに必要な剣は何か?
ノートゥングという剣だ。ヴォータンはトネリコの木の幹に剣を刺した。誰も剣を引き抜くことができなかったが、ジークムントが成功した。彼は戦いでこの剣を使ったが、ヴォータンの槍によって折れた。
今その破片を保管しているのは、賢い鍛冶屋だ。鍛冶屋は知っているのだ。ヴォータンの剣でしか、ジークフリートは大蛇を倒すことができないのを。
剣の破片を鍛えなおすことができるのは誰か?
困った。どう答えたらいいのか?忌々しい破片め。盗むんじゃなかった。
三度までお前に質問させてやったのに、お前は私に聞かなかった。意味のない遠くのことを聞いて、身近な問題を解決しようとしなかったのだ。聞くがいい。愚かな小人よ。
恐れを知らぬ者だけがノートゥングを鍛えなおすのだ。お前の首は他の者に譲る。恐れを知らぬ者がお前の首を取るだろう。
ヴォータンは薄笑いを浮かべて、森に去っていく。
第3場
呆然としたミーメが、洞窟から明るい陽射しの森を見ている。
いまいましい光だ、あそこで燃えているのは何だ?森から何かやってくる。大きな口を開いて、大蛇がやってきた!ファーフナーだ!
ミーメは叫び声をあげて、部屋の陰に隠れる。森からジークフリートが帰ってきた。
俺の剣はできたか?ミーメ、どこにいる?そんなところに隠れているのか?俺の剣でも研いでいたのか?
剣か。(小声で)恐れを知らぬ者だけがノートゥングを鍛えなおす…自分の首を賭けで失くしてしまった。恐れを知らぬ者に首を取られてしまう。
誰と話している?
(小声で)こいつに私への愛情を教えるべきだったのに、やり損ねた。後悔しても無駄だ。こいつにどうやって恐れを教えよう。
何を言っているのか?
お前に恐れを教えるために、どうしようか考えていた。恐れを知らずに森の外に出るなんて、心配だよ。どんなに頑丈な剣を持っても、恐れを知らなければ危ない。お前の母に頼まれたことを私は実行している。
恐れとは何なんだ?
薄暗い森で、遠くからざわざわと音が聞こえてくる。ぼんやりした光が現れて、何かが近づいてくる。そんなときに、お前はぞっとしたことがないか?手足がしびれて、心臓が脈打つのを感じないか?
俺の心臓は頑丈なようだ。そのような感覚になったことはない。弱虫のお前が恐れを教えることなんてできるのか?
いいことを思いついた。大蛇に教えてもらうといいだろう。お前を大蛇の巣穴に連れていく。
よし、そこに行こう。剣を早く仕上げてくれ。
剣か。困ったな。私の技術でも、どうしようもない。恐れを知らぬ者なら、方法を考え付くかもしれない。
もういい。剣の破片をよこせ。俺の父の剣なら、俺の言うことを聞くはずだ。自分の手で作ってやる。
お前は鍛冶の修業を適当にやってきたじゃないか。まともなものができるのか?
ジークフリートは炉に火をつけて、剣を削って粉にしていく。
なぜ剣を削っていくのか?
こうやって二つの剣をひとつにするのさ。
ジークフリートは熱心に剣を粉にし続けて、ミーメは少し遠くに離れる。
どうやら剣はこれでうまくいくだろう。あいつに恐れを学ばせないと、私の首があいつのものになってしまう。あいつには大蛇を倒してもらい指輪を手に入れたいが、大蛇から恐れを学ぶこともしてほしい。なんというジレンマ。私はどうしたらいいんだ。
ジークフリートは剣を削り終わって、炉に入れている。
ミーメ!俺が削った剣の名前は何だ?
ノートゥングだ。お前の母が私に話してくれた。
ノートゥング、人も羨む剣よ!お前はなぜ折れてしまったのか?俺はお前を金屑にしたが、こうやって炉で熱している。ホー!ホー!ホーハイ!
「溶解の歌」Notung! Notung! Neidliches Schwert!
少し離れた場所でジークフリートを見ているミーメ。
あいつは剣を完成させ、大蛇のファーフナーを倒す。あいつが手に入れる財宝と指輪をどうやって横取りしようか。大蛇との決闘で疲れ果てるだろう。その時に私は薬草の飲み物を渡そう。あいつは一眠りしている間に、財宝と指輪を奪い取ってしまえばいい。
ミーメは鍋を煮始める。
おい、何をしているのか?
鍛冶屋の親方も形無しだ。料理でもして弟子に仕えるよ。
あいつが作ったものなんて、食べるものか!
ジークフリートは、剣をハンマーで叩き始める。
ホホー、鍛えよハンマーよ、硬い剣にするのだ。
「鍛冶の歌・」Hoho! Hoho! Hohei! Schmiede, mein Hammer, ein hartes Schwert!
ジークフリートを罠にはめる飲み物を作ったぞ。この作戦はうまくいく。
俺は見事にやり遂げた!ハイハホー!
剣を水桶に入れて、激しい音が上がる。ジークフリートは笑い声をあげる。
兄が作った世界を支配する黄金の指環。私は指輪を手に入れる!
ミーメ、見るがいい。ジークフリートの剣はこんなに切れるぞ。
ジークフリートが剣を振るうと、鉄の床が真っ二つになる。
ジークフリート、オペラ:第2幕のあらすじ
序奏
第1場
巨人族ファーフナーの洞窟
夜、アルベリヒ(ミーメの兄)が洞穴の前で見張っている。
アルベリヒ
森と暗闇の中で、私はナイトヘーレ(妬みの洞穴)見張りをする。光が向かってくる。消えたぞ。近づいてくるのは誰だろう?
Neidhöhle(ナイトヘーレ)…Neid(妬み)、Höhle(洞穴)
ナイトヘーレにやってきた。あそこにいるのは誰だ?
掴灯りの下にヴォータンが現れる。
アルベリヒ
お前か!恥知らずの盗人め。
見るためにやってきた、何もしない。何かを仕組むつもりはない。
アルベリヒ
(冷ややかに笑って)私を罠にかけた男が言うのか!お前は私の財宝を使って、巨人に借金を支払った。だが、私はお前の弱みを知っている。お前は契約の力に束縛されているのだ。もしお前が巨人から指輪を奪えば、お前の槍を打ち砕くことになるだろう。
契約の力で、悪人のお前を槍が縛ったのではない。お前を縛ったのは、槍そのものの力だ。
アルベリヒ
誇らしげに強がっても無駄だ。私の呪いによってファーフナーは命が短い。お前は指輪が私のものになるか不安だろう。愚かな巨人と違い、私は指輪の力を行使する。神々は震えるといい。私はヴァルハラ(神々の城)に地獄の軍団を送り込む。世界を支配するのは私だ!
私はお前の思惑を知っている。指輪を手に入れられる者が、指輪を手に入れられるのだ。
アルベリヒ
回りくどいことを言うな。お前は自分の血縁に自分では手に入れられないものを手に入れさせるつもりだろう。
私ではなく、ミーメと喧嘩しろ。指輪を狙っているのはミーメだけだ。ミーメは少年を連れてきて、ファーフナーを倒すつもりだ。
アルベリヒ
回りくどいことを言うな。お前は自分の血縁に自分では手に入れられないものを手に入れさせるつもりだろう。
ファーフナーに危険を知らせれば、あいつはお前に指輪をくれるかもしれないぞ。お前のためにあいつを起こしてやろう。
ヴォータンは洞穴の入り口に行き、呼びかける。
ファーフナー!起きろ。
ファーフナーの声
眠りを邪魔するのは誰だ?
もうすぐお前を倒す者が来る。
アルベリヒ
ファーフナー!お前を倒す者がやってくるぞ。私に指輪を譲ってくれるなら、争いを回避してやる。
ファーフナーの声
放っておいてくれ。指輪は所有する。
ヴォータンは大笑いする。
アルベリヒ、失敗だったな。これからは私を悪人だと罵るなよ。お前にひとつ忠告しよう。何事にも流儀があり、それはお前にも変えることはできない。この場所をお前に譲る。ミーメと対決するがいい。何が違うか、これから学ぶがいい。
ヴォータンは、去っていく。
アルベリヒ
笑えばいい。欲深い神々の一族よ。お前らが滅びるのを見てやる。
第2場
夜明け、大蛇の巣穴。ミーメとジークフリートがやってくる。
たどり着いたぞ。
ここで恐れを学べるのか。お前は用済みだ。去れ。
今日ここで恐れを学ぶことができなければ、他の場所で学ぶことはできないぞ。ここには凶暴な大蛇がいる。
そいつには心臓があるのか?
心臓はある。どうだ?恐れを感じたか?
ノートゥングをそいつの心臓に刺してやる。これくらいのことで恐れを感じるわけないだろ。
お前が大蛇を見て恐れを感じた時、お前は私に感謝して、愛を感じるだろう。
やめてくれ。俺の前から消えてくれ。
湧き水のところで休んでいるよ。お前は大蛇との戦いの後、喉が渇くだろう。
遠くに去れ。二度と戻ってくるな。
戦いの後に、お前を元気づけるよ。
ジークフリートは荒っぽく去れと合図する。
(小声で)ジークフリートとファーフナー、互いに殺しあうがいい。
ミーメは去り、ジークフリートは菩提樹(Linde)の下に寝そべる。
菩提樹(Linde)…ジークムントの母はジークリンデ(Sieglinde)
あいつが俺の父親でないとは、嬉しくてたまらない。俺の父はどんな姿だったのだろうか?きっと俺に似ているに違いない。ミーメに子供がいたら、醜く汚いやつに違いない。
でも、母さんはどんな人だったのだろう。息子として母に会えたらいいのに。俺の母は人間の女だ。
「森のざわめき」の音楽。Forest Murmurs
菩提樹にとまる、一羽の小鳥に気が付く。
小鳥よ、お前のさえずりの意味が分かればいいのに。俺の母について話しているのかな?ミーメが小鳥のさえずりがわかると言っていたが、どうしたら俺もわかるようになるのか?
小鳥の真似をしてみよう。葦の草笛で。うまくいかないな。角笛で森の調べを奏でよう。
ジークフリートの角笛で、大蛇のファーフナーが姿を現す。
ファーフナー
お前は何だ?
俺は恐れを知らない男だ。お前は俺に恐れを教えることができるのか?お前が恐れを教えられないなら、お前の命を奪ってやる。
ファーフナー
水を飲もうとやってきたのに、餌まで見つけるとは。
ファーフナーが牙を見せて、蛇の尾を振る。
お前に食われると困るから、倒してしまおう。
剣で刺されて瀕死状態になる、大蛇のファーフナー。
欲深いやつ、ノートゥングがお前の心臓に刺さった。
ファーフナー
お前は誰だ?お前のような若者がこのようなことをするなんて、誰にそそのかされたのか?
自分が何者なのかわからない。俺自身の勇気がこうさせたのだ。
ファーフナー
清らかな子供よ、何者であるかわからないお前に、誰を倒したのか教えてやろう。巨人族のファーフナーだ。勇者よ、お前をそそのかした者がお前の命を狙っているだろう。
死にゆく者よ、俺の出自を教えてくれ。俺の名前はジークフリートだ。
ファーフナー
ジークフリートか…。
ファーフナーの死。
死んでしまっては何も聞けない。それならば、剣に導いてもらう。
ジークフリートは大蛇から剣を抜いて、手に血を浴びる。
火のように熱い血だ。
指に着いた血を口に入れる。
どうやら、鳥が俺に話しかけているようだ。
森の小鳥
(少年のような声で)ジークフリートはニーベルングの宝を手に入れた。洞窟の中の宝を見つけてごらん。隠し頭巾を手に入れたら、便利だよ。指輪を手に入れたら、世界の支配者になれるよ。
ありがとう。小鳥よ。
ジークフリートは、洞窟に入っていく。
第3場
大蛇の死を確認するために、アルベリヒとミーメが出てくる。
去れ。私が宝を手に入れられるように、手はずを整えてきたのだ。
アルベリヒ
お前がライン川から黄金を奪い取ったのか?お前が黄金を指輪に変えたというのか?
隠れ頭巾を作ったのは私だ!お前が失った指輪を、私の策略で取り返すのだ。
アルベリヒ
お前にあの指輪がふさわしいとでも?
隠れ頭巾と交換してやってもいい。獲物を二人で分け合おう。
アルベリヒ
お前には何もやらない。釘一本でも。
それならば、ジークフリートの力を借りてお前をやっつけてやる。
ジークフリートが洞窟から出てくる。
アルベリヒ
あいつが洞窟から出て来たぞ。隠れ頭巾を手にしている!
指輪もだ!
二人は森の中に隠れる。
ジークフリートが隠れ頭巾と指輪を手に現れる。菩提樹の近くで立ち止まる。
これが俺の役に立つかはわからない。有難い忠告に従って取ってきた。この品物は、ファーフナーと戦って倒したが、恐れを学ばなかった記念の品となる。
森の小鳥
頭巾と指輪はジークフリートのもの。不実なミーメを信じるな。ミーメの腹の内がわかるだろう。血をなめたことが役に立つ。
ジークフリートにミーメが親しげに近づく。
恐れを学ぶことができたかい?
それを教える者は見つからなかった。大蛇は嫌な奴だったが、死んだ時は悲しかった。そいつよりも悪人が生きているからだ。大蛇を殺せと命じた奴を憎んでいる。
ここから後は、ミーメは本心を言ってしまう。
落ち着け。もうお前は私を見ることはないのだから。お前の目を永遠に閉じてやる。さあ、戦いで疲れただろう。この飲み物で元気を出せ。お前がそれを飲んでくれれば、私は頭巾と指輪を手に入れることができる。
眠っている俺を殺そうと言うのだな?
何を言う?私がそんなことを言ったとでも?お前の首をはねてやりたいだけさ。さあこれを飲め。一杯以上飲むことはできないさ。
この剣を味わうがいい!
ジークフリートはミーメに剣を振り下ろす。ミーメの死。遠くからアルベリヒの嘲笑。
ノートゥングを得たのはこのためだった。
ミーメの遺体を洞窟に放り投げる。
宝の上での寝転んでいるがいい。お前に有能な番人をつけてやろう。
洞窟の入り口を大蛇でふさぐ。
青空からの太陽が頭に注がれる。菩提樹の木陰で休もう。
小鳥よ、お前の歌を聞きたいよ。お前の周りには兄弟や姉妹がいっぱいいるな。だが、俺はひとりだ。兄妹も姉妹も、父も母もいない。俺にいたのは、醜い小人だった。あのひどいやつは俺を罠にかけて、俺はとうとうあいつを殺すはめになった。
小鳥よ、俺にいい相手を見つけてくれないか。お前ならいい人を見つけられるだろう。お前はすでによい忠告をしてくれたのだから。
森の小鳥
ジークフリートは悪い小人をやっつけた。炎を越えて花嫁を目覚めさせればブリュンヒルデは彼のものになる。
なんてありがたい歌だ。森から岩山を目指そう。
森の小鳥
ブリュンヒルデを目覚めさせよ。それは恐れを知らぬ者しかできない。
恐れを知らないのは俺のことだ。ファーフナーから恐れを学ぶのは無駄なことだったのだ。岩山はどう行けばいい?
小鳥が先導して、ジークフリートはついていく。
道は示された。お前についていくぞ。
ジークフリート、オペラ:第3幕のあらすじ
序奏
前幕と序奏の間には、12年ほど作曲の中断がありました。その間、トリスタンとイゾルデ、ニュルンベルクのマイスタージンガーを作っています。
第1場
荒野
夜、嵐の中雷が鳴っている。ヴォータンは洞窟の入り口に呼びかける。
目覚めよ、ヴァーラ。地底から上がってこい!エルダ、すべてを知る女よ。太古からの女神よ。
「目覚めよ、ヴァーラ」Wache, Wala! Wala! Erwach’!
ヴァーラはエルダの別名。ゲルマン神話のWala(古ノルド語ではVölva)「預言者」の意味です。ワーグナーは、北欧歌集エッダの「バルドルの夢」から、エルダのキャラクターを作りました。
ほの明るい光に包まれて、エルダが出てくる。
エルダ
私を知の眠りから覚ますのは誰?
私は世界中を巡って、世界の知恵を知るものを探したが、お前ほど詳しい者はいないのだ。
エルダ
私が眠っていても、ノルンが役目を果たしてるはず。なぜノルンに聞かないのか?
ノルン…エルダの娘、運命の女神。
ノルンは運命を織るだけで、変えることはできない。だが、お前なら運命の輪を止めることができる。
エルダ
知の女神である私は、神々の長(ヴォータン)によって手籠めにされ、娘を産んだ。彼女は勇敢で知恵がある。なぜ、エルダとヴォータンの娘(ブリュンヒルデ)に聞かないのか?
ブリュンヒルデは私に反抗したので、彼女には罰を与えた。娘は深い眠りにつき、目覚めさせた男のものになる。彼女に尋ねても、意味がない。
エルダの長い沈黙。
エルダ
目覚めてから、私は混乱している。叡知の母が眠っている間に、娘は眠りに縛られていたのか?反抗を教えた父が、反抗を罰したのか?正義と契約を守るあなたが、それを破り支配するのか?私を下がらせてほしい。眠りよ、叡知を閉ざせ。
神である私に教えてくれ。どうやって心配を払えばいいのか?
エルダ
あなたはすでに自分でそう呼ぶ者(神)ではない。なぜヴァーラの眠りを妨げに来たのか?
お前こそ、そのような者ではない。叡知の母も終わりだ。お前の知恵は私の意思と共に消えていく。ヴォータンが何を望むかわかるか?
ヴォータンの沈黙。
神々が滅ぼうとも私は悲しくない。私は終末を望んだ。私の遺産をヴェルズング(ジークフリート)に譲ろう。若者はブリュンヒルデを目覚めさせ、お前の娘は世界を救うことになるだろう。
眠るがいい。永遠の眠りに降りていけ。
終末を望んだ…ワルキューレの第2幕・第2場、ヴォータンはブリュンヒルデとの会話の中で「私が望むのは終末だ」と言っている。
エルダが消えて、洞穴が暗くなる。
第2場
ヴォータンは、ジークフリートの到着を待つ。
ジークフリートが近づいてくる。
森の小鳥を連れたジークフリートがやってくる。鳥は遠くに飛んで逃げてしまう。
小鳥は飛んで行ってしまった。これから先は自分で行くしかない。
若者よ、どこへ行くのか?
炎に囲まれた山を探している。そこで眠る女を目覚めさせるのだ。
誰が岩山を探せ、女を目覚めさせろと言ったのか?
森の小鳥だ。
鳥は人間の言葉を話せないはずだが。
俺が倒した大蛇の血をなめたことで、鳥の言葉がわかるようになった。
大蛇を倒したというが、誰が大蛇を倒すように言ったのか?
腹黒い小人ミーメだ。
誰が大蛇を倒せるほどの剣を作れたのか?
鍛冶屋には作れなかったから、俺が作った。
折れた破片を作ったのは誰か?
俺が知るわけないだろう。破片では役に立たないから、新たに剣を作り直したのだ。
ヴォータンは満足そうに大笑いする。
なぜ俺を見て笑うのか?口うるさいじじいめ。俺に道を教えられるなら、言え。わからないなら、話すな。
老人に見えるのなら、敬意を払ってもらいたいね。
道を教えないなら、お前に用はない。鳥が教えた道を俺は行く。
鳥が逃げたのは、飼い主の私がいたからだ。小鳥が教えた道を進ませることはできない。
森の小鳥の飼い主は、ヴォータン。神々の黄昏で、ブリュンヒルデが二羽の鳥をヴォータンの下に戻らせる。
俺の邪魔をしようというのか。
私の力が眠る乙女を守っている。彼女を目覚めさせる男が現れれば、私の力は失われる。炎の海が女を囲んでいる。お前が炎を恐れないなら、私の槍でお前の道をふさごう。この槍はお前の持っている剣を一度砕いたのだ。
お前は父の仇だな。槍を振り回せばいい。俺の剣で折ってやる。
ジークフリートがヴォータンの槍を折る。落雷と岩山から炎が上がる。
行くがいい、私に止めることはできない。
ヴォータンは姿を消す。ジークフリートは炎に突進していく。
間奏
第3場
岩山
炎を通り抜けたジークフリート。青空が広がった、岩山の上。ブリュンヒルデは甲冑を身に着け、兜をかぶり眠っている。
開けた岩山だ。あそこにいるのは何だろうか?眠っている馬だ。俺に光を放つものは何だろう?甲冑に身を包んだ男か。
ジークフリートが兜を外すと、ブリュンヒルデの髪が現れる。
なんて美しい。窮屈そうだ。甲冑を脱がそう。脱がしにくいな。剣で切ろう。男ではない!
眠る女を見て、困惑する。
どうやって起こせばいいのか?動揺し、手が震える。これが恐れか、母さん!眠っている女が、俺に恐れを教えてくれた。目覚めよ、聖なる乙女。
「目覚めよ、聖なる乙女」Erwache! Erwache! Heiliges Weib!
呼びかけるが、起きない。
それならば、甘美な唇に生気をもらおう。命が取られても構わない。
恐る恐る口づける。ブリュンヒルデ、目覚める。
太陽よ万歳、光よ万歳、輝く昼よ万歳。私を目覚めさせた勇者は誰?
俺はジークフリート。俺がお前を起こした。
あなただけが私を目覚めさせることを許された。あなたが生まれる前から、私はあなたを守ってきたのよ。ジークフリート。
私の母は生きているのか?
あなたの母は戻ってこない。あなたが私を愛すれば、私はあなたのものになる。ヴォータンの考えがわかっていたから、私だけがあなたを愛していたのよ。
お前が幸せに歌っているのはわかるが、俺には意味がわからない。お前は俺に恐れを教えてくれた唯一の女だ。俺に勇気を返してくれないか?
ブリュンヒルデは、目をそらす。
あそこに私の愛馬がいる。ジークフリートは、私と馬を目覚めさせてくれたわ。
俺の唇は渇いている。俺の目を楽しませるその口で、俺の唇を潤してくれ。
私の盾も甲冑もすでにないわ。私は何にも守られず、ただの弱い女。
俺は炎を越えてきた。俺のたぎる情熱を受け止めてくれ。
ジークフリートは、ブリュンヒルデを抱きしめる。
私を目覚めさせた人が、私を傷つけた。私はもはやブリュンヒルデではない。
目覚めよ、俺の女になってくれ。
私から叡知は消えてしまうのか?真昼の太陽が私の恥辱を照らしている。私は永遠であった、今も永遠である。ジークフリート、世界の宝。私に近づかないで。
お前を俺は愛している。お前が俺を愛してくれたら。ブリュンヒルデ、俺のものになってくれ。
ジークフリート、昔から私はあなたのものだった。永遠にあなたのものよ。
ブリュンヒルデが、ジークフリートを抱きしめる。
暑く抱きしめあう時、俺に勇気が戻り、お前が教えてくれた恐れを忘れ去った。
子供のような勇者、勇ましい少年。微笑みながら、私はあなたを愛さなければならない。微笑みながら、破滅し、没落しましょう。
微笑みながら、お前は俺に目覚めた。ブリュンヒルデは生き、ブリュンヒルデは、笑う。彼女が俺に笑いかける。
栄光のヴァルハル(神々の城)よ、消え去ってしまえ。ヴァルハルの砦よ、崩れ落ちてしまえ。神々の黄昏よ、薄明かりに姿を現すがいい。
ジークフリートとブリュンヒルデ
輝ける愛、微笑みあう死。
「輝ける愛、微笑みあう死」leuchtende Liebe, lachender Tod!