ヴォツェックは、アルバン・ベルクが作曲したオペラです。ドイツの劇作家ゲオルク・ビューヒナーの未完の戯曲「ヴォイツェック」をもとにした作品で、1821年に実際に起こったヨハン・クリスティアン・ヴォイツェックという元兵士の殺人事件を取り扱っています。
ヴォツェック、オペラ:人物相関図
ヴォツェック、オペラ:登場人物
ヴォツェック | 床屋上がりの兵士 | バリトン |
マリー | ヴォツェックの内縁の妻 | ソプラノ |
大尉 | ヴォツェックの上官 | テノール |
医者 | ヴォツェックに人体実験 | バス |
アンドレス | ヴォツェックの同僚 | テノール |
鼓手長 | マリーの愛人 | テノール |
マルグレート | マリーの隣人 | アルト |
- 原題:Wozzeck
- 言語:ドイツ語
- 作曲:アルバン・ベルク
- 台本:アルバン・ベルク
- 原作:ゲオルク・ビューヒナーの未完の戯曲「ヴォイツェック」
- 初演:1925年12月14日 ベルリン国立歌劇場
- 上演時間:1時間40分(第1幕35分 第2幕35分 第3幕30分)
ヴォツェック、オペラ:簡単なあらすじ
床屋から兵士になったウォツェックは、大尉の髭を剃るが、会話がかみ合わず大尉にバカにされる。また、怪しげな医者の人体実験台になり、金を稼いでいる。ヴォツェックの内縁の妻マリーは、貧しさにやけくそになり、鼓手長に身を任せる。
ヴォツェックは、マリーが浮気をしていることを知る。彼はマリーを刺す。彼は血痕を池で洗い流そうとして死ぬ。マリーの息子は、彼女の死を知らずに無邪気に遊んでいる。
ヴォツェック、オペラ:第1幕のあらすじ
第1場
大尉の部屋
早朝、ヴォツェックは大尉のひげを剃っている。
大尉
ゆっくりとやれ。お前のせいでめまいがする。
ヴォツェックは仕事を中断する。
大尉
お前が早く終わらせても、私はその10分をどうすればいい?永遠を考えると、ぞっとする。永遠は永遠だ。だが、永遠は一瞬でもある。そう考えると、全くこの世が恐ろしい。
はい、大尉。
大尉
お前はいつも慌ただしくしているな。善人ならそんなことはしないぞ。何事もゆっくりとやるものだ。おい、天気はどうだ?
風がひどいです。
大尉
私もそう感じている。南北の風だな。
はい、大尉。
大尉
南北!(笑って)お前はバカだ。バカ者だ。(胸を打たれて)お前は善人だ。だが、モラルがない。お前は教会から祝福を受けずに子供をもうけた。
貧乏人には金がないんです。自分の同類を道徳的に世に送り出すなんて無理ですよ。美徳はいいものです。でも、私は貧乏人だ。私たちのようなものは、この世でもあの世でも惨めなものです。
大尉
わかった。お前はいいやつだ。もう去れ。走るなよ。
第2場
遠くに町が見える野原
夕暮れ。ヴォツェックとアンドレスが大尉の杖を作るために枝を切っている。
ここは呪われている。光っているところがあるだろう。毎晩生首が転がっているんだ。
アンドレスは歌い始める。
アンドレス
見事な狩場だ。ウサギが一羽通りかかり…
静かに。フリーメイソンのしわざだ。
二人とも黙る。
アンドレス
一緒に歌えよ。
揺れている。下で何かが動いている!妙に静かだ。蒸し暑い。息が詰まりそうだ。
太陽が沈みながら、地面を照らす。
火だ、火だ!地面から昇り、天まで燃やしている。天からラッパの音が聞こえる。なんて音だ。
アンドレス
太陽が沈んだ。帰営のラッパが鳴っているぞ。
静かだ。なにもかも。世界が死んだみたいに。
アンドレス
夜だ。帰ろう。
第3場
マリーの部屋
夕方。マリーは窓辺で子供をあやしている。軍楽隊が通りかかる。マリーと隣人の女性が窓越しに話している。
(子供に)チンブム、チンブム。兵隊さんがやってきたよ。
軍楽隊の鼓手長がマリーに敬礼する。マリーも親し気に手を振る。
マルグレート
やけに親し気ね!あんたの噂は知っているよ。
そっちこそ、その目をユダヤ人に磨いてもらったら?
マリーが窓を閉めると、軍楽隊の音楽が聞こえなくなる。
アイア・ポパイア。娘さん、父のいない子を産んでどうするんだい?放っておいてくれ。
「子守歌・アイア・ポパイア」Eia popeia
Eia popeia(アイア・ポパイア)…ドイツ語のねんねんころり
マリーが子供をあやしていると、窓を叩く音がする。
あんたなの?入りなさいよ。
静かに!やっとわかったぞ。幻が天に燃え上がり…
マリーはヴォツェックを落ち着かせようと、子供を手渡そうとする。
俺の子ども。もう行かないと!
子供を見もしないで行ってしまった。
第4場
医者の書斎
午後。ヴォツェックが部屋に入ってくる。
医者
お前、さっき咳をしただろう?私はお前に金を払っているんだ。約束を守れ。
自然に出るものは…
医者
自然に出る!横隔膜は人間の意思に従うと説明しただろう?人間は自由なのだ。豆以外は食べてはいかんぞ。来週は、羊肉で試してみよう。また咳をしたな!
性格や体質は人それぞれでしょう。自然とは…ええと、もし自然が…
医者
もし自然が?
もし自然が終わり、真っ暗になるなら…ああ、マリー!太陽が真上にあって世界が燃えるようになり、恐ろしい声が話しかけてきた。
医者
精神錯乱だ。貴重な症状だ。見事だぞ。
第5場
マリーの家の前
夕方。マリーと鼓手長がいる。
あんた、いい男ね。
鼓手長
お前もいい女だ。ふたりで鼓手長の訓練をしよう。
鼓手長がマリーを抱きしめる。
触らないで。
鼓手長は無理やり抱きしめる。
鼓手長
悪魔はお前の目から覗いているぞ。
勝手にして、みんな同じことだわ。
ふたりはマリーの家に入っていく。
ヴォツェック、オペラ:第2幕のあらすじ
第1場
マリーの部屋
午前。マリーは子供を膝の上に抱いて、鏡のかけらで自分の耳につけたイヤリングを見ている。
石を輝かせるのは何だろう?
膝の上で子供が身動きをすると、不気味な子守歌を歌う。
おやすみ坊や。目を閉じないとさらわれるよ。
きっと金だわ。私は貧乏で、鏡のかけらしかない。だけど、私の唇は赤い。金持ちの奥さんに負けはしないよ。
(子供に)目を閉じろ!でないと、目がつぶれるぞ。
ヴォツェックが部屋に入ってくる。マリーは手で耳のイヤリングを隠す。
お前の指の中で光っているものはなんだ?
拾ったのよ。
ふたつを一度に!いいさ、マリー。
(子供を見て)よく寝るな。汗をかいている。俺たち貧乏人は昼も夜も汗をかくんだな。
ヴォツェックは部屋を出ていく。
私は結局のところ、悪い人間だ。みんな悪魔にさらわれる。男も、女も、子供も。
第2場
町の通り
昼間。大尉と医者が通りで出会う。医者は足早に歩いている。
大尉
そんなに急いでどちらに?善人なら急がないものですよ。
医者
あなたはゆっくりとどちらに?私は急いでいるんですよ。女が4週間で死んだ。大勢の症例を見てきた。あなたはむくんでいる。そうだな、あなたは4週間の命だ。
大尉
4週間?私にはもう死神が見えるのか?
ヴォツェックが通りかかる。
医者
おい、ヴォツェック。待て!
大尉
お前は、スープの中にひげを見たことはないか?兵士か、鼓手長か。
医者
お前はいい奥さんを持っているそうだな?
どういう意味ですか?
大尉
私をにらむな。お前のために言ったんだ。お前は善人だよ。
医者
脈が乱れているな。
神様、俺は首を吊りたい衝動にかられるよ。そうすれば、あなたに俺の立っている場所がわかるさ。
ヴォツェックは走り去る。
第3場
マリーの家の前
曇りの昼。マリーは家の戸口の前に立っている。ヴォツェックは坂道を登ってくる。
お前は罪のように美しい。そこに立て!人が通ったんだろう?
一日のうちに、いろんな人が通るでしょうよ。
俺には見える!お前とあいつが!
ヴォツェックがマリーに手を振り上げる。
触らないで。ぶたれるよりナイフで刺された方がましよ。
マリーは家の中に入る。
むしろナイフで…人間は深淵だ。覗き込めば目がまわる。
第4場
酒場の庭
夜、若者や兵士、娘たちが踊っている。ヴォツェックが酒場に入ってきて、マリーと鼓手長が踊っているのを見つける。
あいつらだ。
続けろ!続けろ!
マリーと鼓手長は踊りながら通り過ぎる。
続けろ!続けろ!
ヴォツェックは踊り場の近くで座り込む。若者たちの踊りが終わる。ヴォツェックは立ち上がろうとするが、もう一度座る。
若者と兵士たち
プファルツの狩人が緑の森で馬に乗る。ハりハロ!ハリハロ!
アンドレス
ハりハロ!ハリハロ!
アンドレスは歌い終わった後、ヴォツェックに目を向ける。
アンドレス
なぜ入り口に座っているんだ?
ここがいいんだ。
酒場に愚者が現れる。
愚者
面白い!面白い!だが臭う。臭う、臭うぞ、血だ。
血、血だって?目の前が真っ赤だ。
マリーや鼓手長、若者たちは踊り始める。
第5場
兵営の衛兵室
夜、兵士たちが眠っている。ヴォツェックが起き上がる。
アンドレス。俺は眠れないよ。あいつらの声が聞こえる。続けろ、続けろ!
アンドレス
踊らせておけよ。
目の前にはナイフが光るんだ。
鼓手長が上機嫌で部屋に入る。
鼓手長
俺は男だ。俺には女がいる。鼓手長の訓練用の女だ。
アンドレス
どんな女なんですか?
鼓手長
ヴォツェックに聞け!おい、お前酒を飲め!
ヴォツェックは目をそらして口笛を吹く。ヴォツェックと鼓手長はけんかになる。ヴォツェックは鼓手長に組み伏せられる。
鼓手長
ヴォツェック!また口笛を吹いてみろ。俺はいい男だ。
鼓手長は出ていき、兵士たちは眠る。
ひとりずつ順番に。
ヴォツェック、オペラ:第3幕のあらすじ
第1場
マリーの部屋
夜、マリーは聖書を読んでいる。マリーの側には子供がいる。
パリサイ人は姦淫の罪の女を捕まえた。イエスは言った。私はお前を罰しない。去れ、再び罪を犯すな。
子供がマリーにしがみつく。
坊やを見たくない。いいえ、こっちに来て。昔あるところに、父も母もいない子がいた。昼も夜もお腹を空かせて…あの人は昨日も今日も来ない。
マグダラのマリアについてはなんて書いてあるの?神よ、あの女を憐れむなら、私も憐れんでくれ。
第2場
池のほとりの林道
夕暮れ、ヴォツェックとマリーが歩いている。
ここにいてほしいんだ。マリー。
でも、帰らないと。
二人は座る。
静かだな。それに暗くなってきた。俺たちは知りあってどれくらいだ?
3年よ。
俺たちはこれからどれだけ続くと思う?
帰るわ。
怖いのか?お前は善良だ、貞淑だ。
ヴォツェックは無理やり口づけをする。
なんて甘い唇だ。お前にキスできるなら、天国も神の祝福もいらない。だが、俺には許されない。
二人は沈黙する。
なんて赤い月なの。
血の付いた剣みたいだ。
ヴォツェックはマリーの喉をナイフで刺す。マリーは倒れて、ヴォツェックは走り去る。
第3場
酒場
夜、若者たちがポルカを踊っている。
みんな踊れ。踊り続けろ。お前たちもいつか悪魔に連れ去れれるんだ。
ヴォツェックはマルグレート(マリーの隣人)を見つける。二人は踊る。
おい、こっちに来い。歌でも歌えよ。
ヴォツェックはマルグレートを膝の上に乗せる。マルグレートは歌い始めるが、やめる。
マルグレート
あんた、どうしたのよ?手が赤い。血だわ。
血?血なのか?きっと自分で切ったんだ。
マルグレート
腕にもついているのに?くさい。人間の血だわ。
人々が騒ぎ出す。ヴォツェックは逃げ出す。
第4場
池のほとりの林道
月夜。ヴォツェックはナイフを探している。
ナイフはどこだ?静かだ。
ナイフを探しながら、マリーの遺体を見つける。
マリー、首の赤い紐はどうしたんだ?耳飾りのように罪を犯して赤い首飾りを手に入れたのか?なぜ黒い髪が乱れている?捕まる。ナイフでバレる!
ナイフを見つける。
あったぞ。池に投げろ。水の中に沈んでいく。だが、月でバレる。月も血まみれだ。血まみれだ。もっと遠くへ。
ヴォツェックは池の奥に入る。
見つからない。手を洗おう。水は血だ。血だ。
ヴォツェックはおぼれる。医者が現れ、大尉が医者を追いかける。
医者
聞こえましたか?
大尉
音がしましたね。池ですよ。誰かがおぼれるような。月は赤く、霧は深い。
医者
静かになった。もう聞こえない。
医者と大尉は去っていく。
第5場
マリーの家の前
晴れた朝。子供たちは輪になって遊ぶ。マリーの子供は、木馬の棒に跨って遊んでいる。
Steckenpferd…木馬のスティック
子供たち
まわれ、まわれ、ロザリオのように、ぐるぐるまわれ。
「まわれ、まわれ」Ringel, Ringel, Rosenkranz
Ringelreihen…子供たちが手をつないで輪になり踊る遊び
遊んでいる子供たちのもとに、数人の子供がやってくる。
子供
マリーが!お前は知らないのか?みんな行ったぞ。(マリーの子供に)お前の母さんが死んだってよ。
子供
池の道に寝かせてあるってさ。
子供たちが走っていく。マリーの子供は木馬の棒に跨ったまま、後を追いかける。